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 僕は慌てて周囲を見渡した。

ハチ辺りが勝手についてきたのかとも思ったけど、悲鳴に聞き覚えはない。

エマがその辺のおっさんに絡んでるんだろうか。

この辺りに住んでいる人はいないって聞いた気がするんだけど。


 しかし、誰かいるならこれは好都合じゃないか。

[え。なにが]

なにが、じゃないよ。

僕はもうあの会話出来なそうなおばあちゃんの相手したくないんだ。

[だからなんだってんだよ]

この声の主、悲鳴聞いた感じだと肺活量ありそうじゃない?

[お、おう]

だからさ、連れてきて水の中にでも押し込んでさ。

[え、うん]

あのマーメイドと交渉してもらえばいいと思わない?

[なんだなんだ、その恐ろしく勝手な考え方は。兄ちゃん、悪魔か]

私、天空大陸社魔王課配属を志望している伊丹克と申します。

[そんな課はねえ]




「おいもやし! 行くぞ!」

いつも通りおっさんとふざけあっていると、悲鳴を聞いていたらしいエマも少し慌てた様子で駆け寄ってきた。

そして、そのまま僕を置いて駆け抜けていった。

助ける気満々らしい。

「今の悲鳴どこから聞こえたかわかる?」

「あっちだ! 変なおっさんが倒れたのが見えた!」

エマは振り返ると、湖から少し離れた茂みを指差して答える。


 エマが指し示した先では、青々とした茂みが激しい風になびく様に揺れていた。

そこだけ(・・・・)が。

よく見るとあの茂みの草の動きは変だ。僕の脚の長さくらいの草が、うにょうにょと動いている。

似たような草をさっき見かけたけど、同じ植物なんだだろうか。

さっきと違って、あそこだけどこかの大草原かって言うくらい繁殖してるんだけど。

[ほー、西でデミ・グラスワームが大量発生するなんて珍しいな。おれも実際見るのはえらい久しぶりだ。ありゃあ草に擬態して獲物を待つ、肉食系の虫の亜種だ。グラスワームは虫や鳥を食うくらいだけど、デミの方はたまーに、人間も食う]


 なに、そのデミグラスソースみたいな名前。

と言うか、そういうのは、僕が遭遇した時に教えてくれないかな。

[さっきのはただのグラスワームだ、歯型が残れば幸運の印なんて言われるんだぜ。でもデミはやべえなあ。早く助けねえと幸運の印どころかせっかくの耳役(・・)が骨だけになっちまうぞ]

そりゃまずいね。

()がなくなると困るし、取り敢えず蹴散らそう。


 僕は目の前の草むらを見て、念じる。

アレ全部、痛みに悶え狂うがいいっ!

「のおおおぉぉっ!」

再び、見知らぬ誰かの悲鳴が聞こえた。

[誤爆だな]

誤爆だね。


 もそもそと触手のように蠢いていたグラスワーム達は、悲鳴こそ上げないものの一旦ピンッとのびて、そして力つきたようにしおれていった。

そして痛みに反応したかのように、草が倒れて囲まれていた悲鳴の主(・・・・)の姿が露になる。

草の分け目に横たわっているのは、何故か服が所々破れたおじさんだった。

誤爆しちゃったけど、これであの悲鳴の主は大丈夫だろう。

食われなくて済んだんだから、多少の被害は多めに見て欲しい。




 それにしても、がっかりだ。

声がおっさんだったからこのオチはわかりきってはいた事だけど、触手に襲われていたのが予想通りで僕は落胆を隠し切れなかった。

マーメイドおばあちゃんに、触手プレイおじさん。


 しかもこのおじさん、腹が立つ事にワイルドなあごひげが似合うダンディーさを兼ね揃えている。

[お、それってまるでおれが創ったあの人型みたいじゃねえか? おれに似てるって言いたいのか、兄ちゃん]

おじ様ファンが出来そうなダンディズムに僕は嫉妬を隠しきれなかった。

[なあなあ兄ちゃん。おれに似て……]

汚い系おじさんは黙っててくれないかな。



「さ、さすがもやしだぜ!」

前で様子を見守っていたエマが、そう言うとボロボロになっているおじ様へ駆け寄っていった。

何故か顔に苦笑いが浮かんでいた気がするけど、きっと僕の気のせいに違いない。

[誤爆したのに全く悪びれもせず、醒めた顔で被害者を眺めてる兄ちゃんに引いてんだろ。けっ。どうせおじさんは汚いおじさんだよ、けっ。でもあの姉ちゃん、あぶねえぞ]

すねるおっさんの声を聞き流しそうになり、慌てて僕は尋ねた。

危ないって何が。

[デミ・グラスワームは地下に根をはるイソギンチャクみたいなもんだ。兄ちゃんが痛めつけたあれ、多分触手の一部だぞ]


 え。今言わないでよ。

先に聞いちゃったら、エマが触手に襲われる前に助けないと後味悪いじゃん。

[けっ]

「な、なんだこれっ」

言ってるそばから、エマの足元の土が地中から突き上げられるように盛り上がり始めていた。




**滅びた西部部族より抜粋**



西部が苛烈な土地であった事は言うまでもない。

しかしそれは、部族間の争いが多々起こっていたことばかりが理由ではなかった。

植物が育たず人が狂う『白の大地』や、カリーシアが生み出し、今は消えた『呪いの沼』等、不気味な伝承が数多く伝わっている西部は、人が生き抜くのがあまりに困難だったに違いない。


上記の伝承はある特定の土地を指し示したものだが、その他にも複数の西部部族の記録の中で『消える口』と名付けられた魔物の記述が残されている。

この名称は複数の文献に残されているものの、魔物の生息地は特定出来ないほどバラバラで、突如として部族の民や積荷を運んでいた家畜が消え去った点だけが共通している。

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