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囚人

 看守のワーウルフは、驚くほど従順になっていた。脱出についても、嬉々として案内を請け負ってくれたのだ。今、僕達はあっさりと彼が切り裂いた牢を出て、無機質で堅そうな壁と鉄格子が並ぶ通路をひたすら歩いている。


 しかしこいつ、このワーウルフ。囚人に負けるたびにこんな感じじゃあ、看守なんて務まらないと思うんだけど。


[ワーウルフは元々が強い種族だし、それに兄ちゃんの容赦ない止めが効いてんじゃねえのか? 気絶するほどの痛みを突然与えられて、本能が刺激されたんだろ]


 なるほど。じゃあ


「ご主人様、裸足で歩いては足が痛いでしょう。もしよろしければ私めに跨ってください。あ、足に汚れが。なめて宜しいですか?」


 この惨状は僕のせいかな。


「やめて」


 僕の吐き捨てるような返事を聞いて、何故かワーウルフは嬉しそうに快感に身を震わせていた。この特殊性癖全開のワーウルフは、ウィッセ・プリムステインという名前らしい。でも覚えにくかったので、ハチと呼ぶことにした。


[原型消えてるじゃねえか。なんとも理不尽極まりねえ話だな]


 いいじゃん、喜んでたんだから。ハチは僕がつけた呼び名を思いのほか気に入ってくれたのだ。響きが忠誠心に溢れている、とか何とかいってたっけ。


 それにしても、かれこれ20分はぐるぐる同じような所を歩いてる気がする。同じ景色ばかりで見飽きた。


「ねえハチ。ここは僕が逮捕された場所と同じなの?」


 大して興味はないけど、取り合えず聞いてみる。


「はい。ここはご主人様に対して無礼を働いたものどもの巣窟です。あ、ちょっと私ひとっ走り血祭りに……」


「ハウス。ええと、随分歩いてるけど見覚えある場所に出ないのはなんで?」


 どこかへ行こうとするハチは、僕の命令にぴたりと直立して答えた。


「ご主人様が捕らわれたのは、保安部の詰所でした。ここはそこから遥か地中深くに位置する地下監獄。罪状の重いものほど下層に収監されるので、死刑が決定しているご主人様がいたこの階層は最下層です」


 なるほどね。じゃあ、と僕は続けてずっと気になっていた質問をする。


「さっきから牢の中誰もいないみたいだけど、それはなんで?」


「それは、法の整備が終わって、死刑を宣告される犯罪者自体が珍しいからです。今ここにいるのは、ご主人様とあと一人だけですね。元々、死刑が確定すると翌日の朝には執行されるので、この階層は昔からガラガラのようですが」


 はっはっはっとハチは笑うが、僕は笑う所か青ざめていた。


[危なかったなあ兄ちゃん。もう夜明けだし、死んじまうとこだったな]


 うん。就職出来なくなるところだった。


[また就職かよ……。ぶれねえなあ、兄ちゃん]


 ハチの笑い声に混じって、おっさんは脳内で疲れたように呟く。死刑の執行が迫っている身なら、尚の事早く逃げたい。


 そもそも地下からどうやって逃げるんだろう。


「ねね、どうやって最下層から上まで逃げるの? ハチってそんなに偉い人?」


 笑うのをやめて案内を再開したハチを、僕はまた呼び止める。


「いえ、私は最下層を任された一看守です。死刑が確定している犯罪者を逃がそうとすれば、私も死刑になるでしょう」


 なんだと。


「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、隠れながら地上を目指すってこと?」


 絶望的な返答に、思わず説明を中断させてしまった。快く請け負ってくれたから安心してたのに、逃げられなそうじゃないか!


[全員倒しちまえばいいじゃねえか]


 おっさんが何か言ってくるが、正気とは思えない。さっきハチが襲ってきた時ですら「あ、だめだ」って思ったのに何度も戦うなんて無理だ。


[魔王になる奴が何言ってんだよ]


 うるさい。怖いものは怖いの。


 僕とおっさんの脳内でのやり取りを無視して(聞こえないから当然なんだけど)ハチは言う。


「この地下監獄は、どの階層も中央に看守が待機していて、上下階へ移動する階段もそこに配置されています。もし通路や階段の感知魔法に反応があれば看守が駆けつけるので、隠れて地上を目指すのは現実的ではありません」


「無能か貴様」


 どうしろっていうの。


[兄ちゃん、心の声より発言の方が辛らつだぞ]


 おっさんのツッコミが脳内に響く。しかし、それも今は届かない。僕は罵倒で恍惚の表情を浮かべるハチに、ドン引きしていたからだ。



 彼は今、明らかに不純な快楽にその身を委ねていた。案内役としてまともに受け答えしてくれるから安心してたけど、どうやら我慢していただけだったらしい。ハチは罵りを受けて、ここぞとばかりに暴走を始める。


「ああ、この無能めを踏みつけて罵って下さイッタアアアアア」


「説明、続けて」


 だから、すぐ『ペイン』を発動させて続きを促す。


「……はっ。申し訳ありませんご主人様。実はこの無能ハチめに、考えがございまして」


 ハチは我を取り戻し、顔の前に指を一本立てて顔を寄せてくる。


「ここに捕らわれているもう一人の囚人、永久懲役囚のグレンザム・ダイゴノアの牢獄へ向かいます」


[なにい? ダイゴノアだと?]


 おっさんの驚く声が、頭に響いた。有名人か何かなんだろうか。



「その人は、死刑囚じゃないの?」


 最下層って死刑囚だけだと思ってた。僕は素直に疑問を口にする。


「いえ、グレンザム・ダイゴノアは別です。彼はこの牢が出来た当初から収監されている、言わばこの地下牢獄が作られた原因。先のブガニア統一戦争において最大の殺戮者にも関わらず、死刑を受けていないのには理由があります」


 更に顔を寄せて、ハチが言った。


 近い。犬臭い。


「彼は、有効利用されている。つまり彼の牢獄には、地上に繋がる移動用魔方陣があるんです」


[なるほどなあ。地下深くに隠して、いいように使うって訳か。賢いけど、嫌いな賢さだわ]


 ハチの発言を聞いておっさんは納得したようだが、僕はいまいち腑に落ちない。


「でもさ、すごく強いんでしょ? なんでその人は大人しく言う事聞いてるわけ?」


 ハチはやっと顔を少し引いて、考えるような顔で答えた。


「私もよく知りません。彼への呼び出しは私が取り次ぐのですが、個人的な話はほとんどしたことがないもので……。ただ、私の前任者は彼から、生きがいを失ってただ惰性で生きているという話を聞いたことがあるそうです」


 ふむ。好きな子に振られたとか、就職決まんなかったからとかかな。


[……はぁ]


 僕の名推理に驚いたおっさんが、感嘆の息を漏らしていた。



 先を歩くハチの足が、止まった。彼は道の先を指差し、言う。


「あそこです。この通路の奥の牢に、彼はいます」


 この先に、魔人さんとやらがいる訳だね。


[兄ちゃん]


 おっさんが、珍しく真面目な声で呼びかけてくる。


[いいか、視界に入ったら問答無用でペインを使え。おれが知ってる奴だとしたら、そのくらい強引にいかねえと危ねえ]


 僕はそっと頷く。ハチだけが嬉しそうに、尻尾を振りながら目的地へ向けて歩いていた。



**名著『魔王のことは俺に聞けっ』より抜粋**


※本作は、初代魔王閣下の幼い頃からのご学友が著された作品だ。

インタビュー形式で我々とは異なった視点から語られる魔王閣下のお姿は、新鮮の一言に尽きる。

普段は見せない魔王閣下の魅力が詰まった作品で、爆発的な人気を誇る大ベストセラーとなった。


――――以下引用

ああ、スグルのことならよく知ってるぜ。

あいつとは中学高校と席が隣だったし、教科書を忘れて貸してもらった事だってある。


え? どんなやつだったって?

うーん、ちょっと雰囲気に流されやすそうな所あったかな。

違う。違う悪口じゃない。ナイフしまって。

ええと。適応性が……そう、適応力が高い!

どんな環境でも対応出来そうな器用なヤツだったよ、うん。


それと猪みたいに猪突猛進なバ……

あ、ごめんなさいこのナイフ抜いてもらっていいですか。

初志貫徹の精神を持った、意志の強さがありました。

あとすみません、救急車呼んでもらえますか。



挿絵(By みてみん)

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