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 何とか打開策は得られたものの、とても気が進まない。

水中でなら会話出来る、ってことは水に顔をつけて話しかけて、尚且つ返事も水に顔をつけたまま待たないといけないってことだよね?

[そうだ。マーメイドは水中の泡の音で会話するんだよ。泡の音が聞こえるのは水の中だけだ、外の空気に触れたらマーメイドの声は聞こえねえ]


 やっぱり。

簡単に言うけど、そんなに呼吸続かないよ?

いくら僕が多種多様なケースでの面接を想定して訓練していたとは言え、水中でしゃべる訓練はさすがにしていないよ?

[ほー、そりゃ意外だ。てっきり『いつ水中で面接があってもいいように訓練した僕の肺活量を』とか言い出すのかと思ったぜ]

あるわけないじゃん、そんなの。

[……おじさん、兄ちゃんが何考えてるかわかるはずなのに、何考えてるかわからない時があるよ]



 思わず腕組みして唸ってしまう。どうしたものか。

何となく地味な苦しさを味わいそうな予感がするし、そもそもタオルを持ってきてないので濡れたくない。

「もやし、何かわかったかよ。頭の中に住んでる神様ってやつにお伺い立てたんだろ?」

僕が悩みだしたのを見て、エマが何かを察したように声をかけてきた。

「わかったんだけど……」

「けど、何だよ」

「水に顔つけてしゃべれって」

答えを聞いたエマの表情が、見る見る曇っていく。


「エマ……? どうしたの?」

「オ、オレはやらねえぞ! 何だよ無駄な交渉ばっかりさせやがって、ばあっかじゃねえの!?」

なるほど。僕にやれと。

それにしてもこの反応の仕方……これがメイクが落ちるのを気にする系女子ってやつだろうか。

[泳げないか水がニガテなんじゃねえの]

ああ、なるほど。


 やらないって言ってる所を無理に頼んだりしたら、また怒られそうだ。

「いいよ、僕がやるから。じゃちょっと待ってて」

僕はそっぽを向いてしまったエマに声をかけ、水面からこちらの様子を伺っているマーメイドのところへ向かう事にした。



 僕が上着の袖をまくりあげて水辺に膝を付くと、マーメイドは察したように水中に潜ってくれた。

話が早くて助かるけど、本当にうまく行くんだろうか。

[まあ、何とかなるだろ。頑張れ、兄ちゃんの肺]

おっさんのありがたくない応援を受けた肺がやる気を失わないか心配だけど、やるしかないんだからしょうがない。

僕は覚悟を決めると、深く息を吸って透き通るような水の中に顔を押し込んだ。



「やっとお話出来ますね」

待ち構えていたように、そんな言葉が聞こえた気がした。

水の中なのにはっきり聞こえたその声はとてもキレイで、不思議な響き方をしている。

「この寂しい湖に人が訪れるのは随分久しぶりです。こうしてお話するのはもっと久しぶり……そうですね、百年ぶりになるでしょうか」

気付けば、湖の深いところからポコポコと立ち上ってくる少し赤みがかった(あぶく)が僕を包んでいた。

この清く澄んだ美しい声は、どうやら泡が運んできているらしい。

僕はその声と目の前に広がる幻想的な風景に、夢の中にいるような心地良さを感じていた。

まあ、水の底にいるのは蓑虫みたいな格好したおばあちゃんマーメイドなんだけど。


「本当ならばおもてなしをしたいのですが、暮らす場所が違う身ですからご迷惑になるでしょう。せっかくの客人に何も出来ないのは残念ですが、無作法をお許し下さい。それにしても随分お若いように見えますが、何故マーメイドと会話する方法を……」

そこまで聞いて、僕は慌てて水中から顔を引き上げる。

あのおばあちゃん、話し方と声は何か色っぽいけどやっぱりおばあちゃんだ。

久しぶりに話す相手が出来て嬉しいのか、ちっとも僕にしゃべらせてくれない。


 髪から垂れる水と口から漏れる荒い呼吸の音が、僕を夢の中から現実へ呼び戻した。

思いのほか会話をするのは大変そうだけど、話が出来そうで少しほっとする。

もう一度肺に酸素を溜めて、今度は先手を打つつもりで……

「……と言う事は、以前誰かやってきたのはもう百年前になりますねえ。こうしてお話出来るなんて嬉しいです。それとあなた、お若いのにマーメイドと話す方法知っているなんて驚きました。おもてなしも……」

どうやらあのマーメイド、一人で会話を続けていたらしい。

しかも、さっき聞いた話をまだ繰り返している。

再び僕は顔を水から出して、大きくため息をついた。



 言ってることがわかるようになっただけで、話が出来てないことには変わりがない。

これじゃあいつまで経ってもウロコをもらえなさそうだ。

今度は水に顔をつけたらすぐに交渉を始めよう。

僕はまたまた大きく息を吸って水に顔をつけようとして……。


「ぬあああああああぁぁっ、助けてくれえぇ!!」


 辺りに悲鳴が響き渡った。

無視しようとしたけど、エマが駆け出す気配を感じて僕もしぶしぶ立ち上がる。

何だって言うんだ。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

風涼の月



初代魔王閣下は旧ブガニアを打ち滅ぼす為、各地をその足で旅した。

旅で得た様々な種族との交流は、後に天空大陸を統一した後に大きく役立つ事になる。

中でもマーメイドと呼ばれる湖に暮らす種族は、閣下との出会いを大変喜び、繰り返しそれを称える言葉を述べたと伝えられている。


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