表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/96

詫び

 村を出て一日半、僕とエマの二人はエスレイクを目指している。

考えてみれば僕は、西部に来てからあちこちに手伝いやお使いに行かされてばかりだ。

仮にも『王』と名が付く存在を目指すはずなのに、と最初は疑問を感じていたけど、これはこれで当然なのかもしれない。

一年先に働き出した大学の先輩も、入社してしばらくは色々な形で仕事に関わる、と言っていた。

だとすれば僕の今のこの経験は、きっと外回りの営業や新人研修みたいなものなんだろう。


 就職活動の先だと考えると、途端に気が楽になる。

出来れば魔王経験者の体験談や悩み、それと経営理念や福利厚生の充実なんかも調べておきたい所だ。

[あるか、そんなもん。魔王はこの大陸に伝わる伝説みたいなもんだ。魔王がいた、なんて情報はおれが生まれてから一度も聞いた事はねえ]

おっさんの雑な回答に、思わずため息が出た。

そんな仕事、人に勧めないで欲しい。



 とは言え、今更魔王になるのをやめるとは言えない雰囲気だ。

幸い拠点が出来てから色々と順調に進んでるようだし、いっそのこと新規事業の開拓……いや、そんな不安定な将来設計はやっぱり気が進まない。

また、ため息が漏れる。


[王様だよ? 魔王様だよ? 兄ちゃん、えらくなるんだよ?]

また、ため息をつく。考えれば考えるほど憂鬱になる。

そんなものより、僕は安定が欲しい。


[はあ。魔王にならないなら、死ぬかここで隠れ住むかしかねえぜ。元の世界にだって帰れねえ。それに打倒政府を掲げる仲間をあれだけ増やして、見捨てれるのかよ]

今までで一番深い、ため息が出た。

何だかんだと騒いではいるけど、僕が元の世界に戻る方法が限られている事はよくわかっている。



「うるっせえ! ため息ばっかりついてんじゃねえ、魂引き抜かれるぞ!!」

「ご、ごめん。ちょっと考え事してて」

おっさんと不毛な会話を繰り返していただけなのに、突然エマに不穏な言葉を突きつけられた。

出来れば命は取らないで、幸せが逃げるくらいで許して欲しい。

[こっちじゃため息は死神を呼び寄せる、って言われてんだよ。兄ちゃんのとこはかわいいもんだな、幸せが逃げるくらいならまた捕まえればいいもんな]


 おっさんの気楽な言葉に、またため息を付きそうになって慌てて堪えた。

エマが睨んでるのにため息なんて付いたら、またしかられる。

でもね、おっさん。幸せは見えないから、逃げたら捕まえられないんだよ?

[うるせえ。あとな、死神なんて神はもういねえから安心しろ]

もう、ね。

前はいたんだろうか。だとしたら、失恋や不採用通知のたびに死人が出たんだろう。

さすが異世界、怖すぎる。



 まあそんなわけで、旅路はふざける余裕があるくらいに順調だった。

というか、多分エマとの旅路は今までで一番平和だった。

エマは口調こそ乱暴だけど、幼い妹ユマちゃんの面倒をみたり集団生活のまとめ役をやっていたりと、やたら面倒見がよかった。

夜になれば火を(おこ)して野営の準備を始め、歩くルートは僕の体を気遣ってか歩きやすい場所を選んでくれている。


 おかげで僕は、観光気分でのんびり歩きながら湖を目指す事が出来ていた。

土と岩山、草木しかないような土地を我が物顔で歩くというのは、思いのほか気持ちのいいものだった。

食事は……食事は牧草しか持ってきていなかったので、最初から期待していない。

ダメージゼロだった。



 

「おいもやし」

土の割れ目から伸びた草がひゅんひゅんと茎をしならせているのを見ていると、突然エマに声をかけられた。

立ち止まって、どこか真剣な顔をしている。


 エマは面倒見がいい分、口うるさい所がある。

また怒られるかもしれない。

この草を見ちゃだめだったのだろうか。こっちの常識はほとんどないんだから考慮してほしい。

僕は思わず身構える。


「……悪かったな」

この後、怒られるかもしれない。

僕はいつでも怒られる準備をして、更に待つ。


「思いっきり殴っちまっただろ、ユマがいなくなった時」

そろそろ、来るかもしれない。

何かやらかした時のクレーム対応は、一番社会人の真価を問われると聞いた。

だからこそ、僕は怒られても何とかいなすだけの技術を身に付け……あれ。


「悪かった。ちゃんと謝ってなかったよな、ごめん。こうやってオレ達のこと本当に受け入れた事にも、感謝してるぜ」

怒られなかった。

それどころか、謝られている。


 僕はやっと状況を理解して、エマに首を振った。

「あれは僕のせいだから。それに、力を貸してくれた事だって、感謝してる。僕は見ての通りひ弱だから」

「……ばあっかじゃねえの? ひ弱なのは見た目だけであのいやーな魔法、持ってるじゃねえか!」

エマはそう言うと、いつも通り少し僕を小ばかにするように笑った。

彼女の性格上、ずっと謝っていない事を気にしてたんだろう。

もしかすると、謝る為に付いてきたのかもしれない。




 エマは気を取りなおすように棍棒を担いで歩き出す。

「ま、さっさと済ませて帰ろうぜ」

「うん、草はもう飽きたから早く帰って他のもの食べたいね」

素直に返事をしたら今度こそ怒られたけど、湖はもう遠くの方に小さく見えていた。




**天空大陸生物事典より抜粋**


『グラスワーム』


南部に多く見られる、虫型の魔物。

地中から雑草に紛れて胴部を伸ばし、草に擬態して捕食対象を狙う事からこの名前が付けられた。

主な食物は小さな昆虫や鳥などだが、稀に自身の体長よりはるかに大きな獲物を捕食した例がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ