頼み
充満していた冷気も戦いの気配も消えた渓谷で、グレンザムは弓使いと向かい合わせに座っていた。
彼女の名は、クアイナ。
ドリットンの孫娘にあたるらしい。
クアイナの表情は暗く、グレンザムも己の表情に落胆が浮かぶのを隠しきれていない。
話を聞いた限りでは、やっと聞けた捜し人の行方は半ば予想していた通りだったからだ。
「……そうか。ドリットンはやはりもう亡くなっているのか」
グレンザムはぼそりと呟く。
粗い岩肌を背もたれにするように腰掛けた弓使いは、悲しんでいるのか顔を上げない。
「ここに軍が来た時、お爺ちゃんはまだ赤ん坊だった私を連れて逃げたの。何とか逃げ切れたけど、……五年ほど前に、死んだわ。お爺ちゃん、逃げる時にかなり無理してたから最期はボロボロだった」
うつむきながら小石を弄ぶ様子は、親とはぐれた子供のようだった。
祖父の死を、悲しみがりながらも受け入れているのだろう。
自分と違って。
しかし、そんな事はおくびにも出さずグレンザムは質問を重ねる。
「ふむ。それからは、一人で暮らしてきたのか。生き延びた反乱軍は」
「いないわ。私だけ。一人で生きてきたのよ。何度か調査団が来たから、さっきの霧で追い払ってやったの」
少し顔を上げながら答える彼女の様子は、どこか誇らしげだ。
生き残った反乱軍がいるならば、と考えてはいたが、諦めざるを得ないらしい。
そもそもウィスペリアの反乱があったのはもう二十年以上前になる。
もし生き残りがいたとしても、老兵ばかりだろうとは考えていた。
全滅に近い状態である事も、予想はしていた。
それでもグレンザムがここを訪れたのは、義父の気を引く情報が呑んだ中にあったからだ。
『調査団が北部のある場所に立ち入ると、不吉な事が起こる』
この噂は様々なバリエーションで、グレンザムに伝わってきていた。
目の前の弓使いが噂の原因であったならば、納得せざるを得ない。
そこで、グレンザムの中に疑問が沸く。
「むむ。そういえば、あの霧はなんだ。魔法か」
「そうよ、涙魔法。変わってるでしょ。魔力を細かい霧に変換して温度操作出来るの。お爺ちゃんはミストって呼んでた」
その答えに、またグレンザムは違和感を覚える。
「ふむ……。確かにあの霧は、自然のものとは思えなかった。しかし、魔法光には気付かなかったぞ?」
魔法光を感じ取っていたならば、あそこまで窮地に立たされる事はなかった。
「魔法光がほとんど出ないから、気付かれにくいの」
彼女の答えはさも当然と言った様子だった。
グレンザムの脳裏に、同じような涙魔法を持つつかみどころのない男の姿がちらつく。
きっと今頃は、拠点となる砦の建設に勤しんでいるだろう。
魔王となる男が労働に励んでいる姿を見て口元がほころぶが、それ以上に気になる事があった。
「ほう。涙魔法にしても、随分めずらしいではないか。どこで手に入れた」
「お爺ちゃんが持ってたの。よくわからないけど、神様にもらったって言ってた」
この答えに、思わずグレンザムは頷く。
希代の旅人ドリットン、天空大陸の全てを制覇したと言われた男ならば未知の魔法を手に入れていても、おかしくなかった。
神が授ける涙魔法は、天空大陸においても希少なものだ。
それぞれに人が生み出すものとは違う特色がある為、超常のものとして恐れられる事も多い。
スグルと会ってから続けざまに貴重な涙魔法と接する事になったことに、グレンザムは驚きを隠しきれない。
しかしドリットンが既にこの世を去ったと言うならば、この弓使いに聞かなければならない事がもう一つあった。
「では。ドリットンが王から奪ったと言われている宝具はどこにあるか知らぬか」
「宝具?」
弓使いは視線を合わせないようにしながら、首を傾げる。
「植え付けのプランタヌ、と呼ばれている」
「ああ、それなら……」
合点がいった様子で、クアイナは先ほど彼女が立っていた地面を指差す。
「あの弓のこと、お爺ちゃんはプランタヌって呼んでた」
指し示す先にあるのは、放り投げられた弓だった。
「ふむ。ならば、話は早い。その弓を貸して欲しい」
「いいわ。私の頼み……お爺ちゃんの敵討ち、力を貸してくれるのね?」
「うむ。大切な者を政府に奪われたならば、同志のようなものだ。約束しよう」
グレンザムは妻を思い出し、拳を握り締めながらそれに答える。
「ところで」
彼女はグレンザムへ向き直る。何かを耐えている様子だ。
「その髪型、どうしたの?」
「むむ。先ほどの|涙魔法≪サイクルン≫を使うと、何故かこうなるのだ」
貴族のご令嬢のように巻きあがった灰色の髪を指で伸ばしながら、グレンザムは答える。
クアイナはそれを聞くと、おかしそうに顔を綻ばせた。
**セレブリティ・ロワイヤルより抜粋**
※本書は、かつて存在した身分階級で言う上流階層に普及していた服装指南書だ。
古代の風習や文化を窺い知れる資料とはなるが、移り変わりが激しく、また似たような内容の記事が数年周期で使いまわされていて、得られる情報は実は少ない。
――――以下引用
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どれだけクルクルに巻けるか!?
今年のオシャレ度はそれに懸かっているといっても過言ではないでしょう!
ドレスを選ぶ時間より、メイクより、取り敢えずメイドに巻かせたお嬢様こそがこの夏注目の的に!
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