別働
天空大陸は、年間を通して比較的過ごしやすい気候と言われている。
しかし地域によって特徴がないわけではなく、北部などは西部に比べれば気温は随分低くなる。
太陽の通り道に最も近い南部はやはりその他の地域より気温は高く、逆に一番太陽の通り道から遠い北部は涼しく、と言ったように穏やかながらにも変化がない訳ではないのだ。
尚、天空大陸で雪景色を見る事が出来るのは北部を除けば僅かな高山地帯のみで、裕福な観光客が運任せの観光ツアーを組むケースもあるらしい。
そして克達が砦の建設に勤しんでいる頃、グレンザムはその北部ウィスペリア大渓谷に居た。
ここはブガニア連邦王国建国後最後の反乱と呼ばれる『ウィスペリアの流血』の舞台であり、両脇を長々と岩山に囲まれて陽の光が届かぬこの土地ではかつて、数千の反乱分子の命が絶たれた場所だ。
この大渓谷にグレンザムが辿り着いたのは、つい先ほどだった。
既に首都ブガニア周辺は警戒を固められていると判断したガイナルは、飛行能力を頼りにグレンザムを一人北部へ送り込んだのである。
幸い空への警戒は甘く、二日ほどで難なく目的の場所に到着する事が出来ていた。
かつて数多の反乱軍の血肉を啜ったであろうこの地を訪れる者は、今ではほとんどいない。
今グレンザムと共にあるのは、既に失われた命の残骸だけだった。
人だったろう骨や衣だったもの、武器、そしてかつては家だったであろう木材の山。
石ころと同じように無造作に転がっているそれらを見回しながら、グレンザムは思考を巡らせる。
移動は無事に終わったが、決して安心は出来ない。
グレンザムが空を飛ぶことを知っている政府が、空の警戒を怠っている理由は一つだ。
政府は警戒対象を、スグルに変えはじめている。
この事も恐らくガイナルは予想していたのだろうが、グレンザムは自分が警戒されないという異常事態に移動中もずっと不気味さと座りの悪さを感じていた。
楽に話が進みすぎる。
そもそも西部についてから一度も攻撃を受けていない。
スグルが帰還と安全を確認してから西を飛び立ちはしたが、不自然なほど敵の動きが感じられなかった。
と、グレンザムはそこまで考えて初めて、違和感に気付く。
彼の足の裏は、繊細なクリスタル細工が砕けるような感覚を感じていた。
そして上空を飛んでいた頃にはなかった、深い霧が出てきている。
上空から見渡した時は、今彼の足もとでパキリと砕けた霜も、周囲の視界を奪う霧も見当たらなかったはずだ。
まだ季節は秋にもなっていない。
いくら北部が涼しいとは言え、霜が降るには早すぎる。
思考の中から意識を引き戻し、グレンザムは感覚を鋭敏に尖らせ始める。
巧妙に隠そうとしている気配が一つ。
自分の呼吸や足音に合わせて動いている何者かの存在を、グレンザムの感覚はすぐに捕らえていた。
そんな隠れ方をするのは知性ある生き物だけだ。
野生の獣やモンスターの類では、ない。
「ふむ。案内を頼めないだろうか」
グレンザムは異変を感じ取りつつも、驚く様子もなく落ち着いて語りかける。
気配の主の動きから見て、複数ではない。
狩人か、もしくは暗殺者。
グレンザムにとっては、恐れるに足らない相手だ。
「用があって、来た。むやみに戦うつもりはない。案内を頼めないだろうか」
戦意がないことを告げつつ、グレンザムは再び気配の主に向けて声をかける。
しかし、返事はない。
感じるのは、巧妙に隠そうとしている殺意だけだった。
**新聞織り込みチラシより抜粋**
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