道
結果から言うと、すごい壁と堀が出来た。
ユマちゃんがドロドロ遊びを思いのほか気に入ってしまい、もういいというのも聞かずにガンガン穴を掘っては壁を高くしていったからだ。
最初は大人一人がすっぽり入るくらいの堀を作るの予定だったのに、今じゃ大人が三人肩車してもぎりぎり届かないくらい深い。
もちろん掘った分、壁も高く逞しくなっている。
僕がここに落ちたとしたら、取り合えず這い出るのは諦めてのんびり現実逃避をはじめるに違いない。
実際に落ちてみたけど、就活以来の『誰もいない部屋で面接に呼ばれるまでにひりひりした絶望感』を感じて少し胃が痛くなった。
これは間違いなく、敵には有効だろう。
ナナちゃんは連日水分を絞り続けられたおかげで随分縮んでしまった。
今は水分補給に出かけていないけど、飛び立つ後姿は休みの日子供と遊びすぎて疲れた父親みたいだった。
もちろん、ブロックを積んでいた僕達も無事じゃない。
食事をするにも腕を使えない有様になった僕がユマちゃんにご飯を食べさせてもらうか、ミリアさんに食事の世話をしてもらうか真剣に苦悩するハメになった事も、ここに付け加えておく。
どちらを選んだか、と聞かれればどちらも、と答えるしかない。地獄を見た。
取り合えずそんな訳で、砦はひとまず完成した。
行く行くは手を加えていくつもりだけど、それは後回し。
食糧と家の用意が出来た僕たちに必要なのは、道だった。
白の大地の土で作る事になったのは、壁の他にもう一つある。
おひげさんのドロップス工房だ。
エマ達と一緒に合流していたおひげさんには、便利なドロップスをどんどん作ってもらわないといけない。
中でも必要なのは、転移ドロップスだ。
これが、僕たちの道になる。
そして僕は今、ガイナルさん、そして暇そうにうろうろ散歩していたエマと一緒に工房に来ていた。
「材料が足りないでやす」
工房で転移ドロップスを作って欲しいと頼んだおひげさんの第一声が、これだった。
道は閉ざされてしまったらしい。
「ばっかじゃねえの? 材料持って来いっていったじゃねえかよ」
あっけに取られ思わずおひげさんのおひげを引っ張り始めた僕に代わって怒鳴りはじめたのは、エマだ。
「あんだけごちゃごちゃ用意しといて材料足りねえってどういうことだよ!」
今にも棍棒を振り回しそうな勢いで、エマがおひげさんに食って掛かっている。
まあそりゃ怒るよね。
引越しの時、おひげさんの荷物ってだけでオスタウロスさんたちが四往復くらいしていたような気がする。
あれだけ荷物を運び込ませておいて『材料が足りません』なんて、運ばされた身としては溜まったもんじゃないだろう。
「姐さん、あたし何度も言ったじゃねえでやすか。マーメイドのウロコがもうねえですって」
おや。
おひげさんが疲れたように反論してるぞ。
人が遊んでるんだからひげを動かすのはやめてほしいなあ。
「ありゃ高級品で盗むのめんどくせえんだよ! 他ので代用しろって言ったよなあ?」
滅茶苦茶だ。なんて理不尽なんだ。
「こりゃ参ったのう。道作るのにはありゃ不可欠じゃぞ」
ガイナルさんもポリポリ頭をかきながら困ったような顔をしている。
マレージアの村から直接攻めるには首都ブガニアは遠すぎる。
転移ドロップスは作戦の要になるのは、何となく僕でも理解出来た。
ガイナルさん曰く、ブガニア政府を相手に戦うなら首都ブガニアだけでも十個くらいは転移先が必要になるらしい。
作戦の事を考えるなら、最低でも三十個。
これが今必要なドロップスの数だ。
そんなにいるのか、と聞いたら
「ミノタウロス共はもうマークされとるじゃろ、今あるところはすぐ使えなくなると思え。そもそも一箇所からだけ出入りがあったら、すぐ的にされてしまうわい」
と怒られてしまった。
まあ、確かに。
そんな訳で、転移ドロップスを作る事が出来ないのはとても困る。
「ねえ、パイナさん。そのウロコがどのくらいあれば転移ドロップス作れるようになるの?」
おひげさんのひげを上下にひっぱりながら、僕は訊ねる。
「そうでやすねえ……拠点からあちこちスムーズに移動出来るようにするには、ざっと百……いや、貯蓄分も含めて二百は欲しいでやす。あと、ヒゲからそろそろ手を離して頂けると……」
二百か……。
そもそも、マーメイドってどこにいるんだろう。
エマが『高価だ』と言っている以上、普通に買うのはきっと難しいに違いない。
となれば、僕たちで材料を集めるしかない。
「マーメイドってどこに行けば会えますか?」
僕はおひげさんのひげを引っ張り上げながら、ガイナルさんに訊ねる。
「昔は湖の傍にいたもんじゃが、今もおるかはわからん。グレンザムを飛ばせて様子見に行ければいいんじゃが、あやつは今おらんのじゃ」
湖ってどこだろ。
[この辺りで湖っていやエスレイクだろ。マーメイドは水があるところにしかいねえから、いると思うぜ]
なるほど。じゃあ簡単に解決するかもね。
それにしても魔人さん、最近全く姿を見ないと思ったら出かけてたのか。
「魔王殿、ちょっと行って来てはくれんか。それとそのヒゲ、そろそろ離してやれい」
「お、面白そうだな。オレもつれてけよ、もやし」
え。また僕がお遣いに行かされるの。
そしてエマもついてくるの。
「あの……あたしのひげ離して欲しいでやす……」
僕はため息をつきながら、やっとひげを手放した。
**天空大陸生物事典より抜粋**
『マーメイド』
魔魚の一種で、人種に近い上半身を持つ。
水中で少数の群れを作って生活するようだが、人目に付かない深さを好む為に遭遇する事は稀である。
そのウロコや肝は薬剤などの材料となり、高値で取引される。
簡単な人語は解すると言われているが、長く会話をすると狂わされるとの伝承も数多く残されている。




