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牢獄

 牢獄に響く笑い声は、長くは続かなかった。


「うるさいぞ。静かにしろ」


 怒られたからだ。牢の外から覗いているのは看守さんかな?

 うわ……目やについてるよ、あの人。ははあ、寝てたな。


 まあそりゃそうか。異世界での時間軸は、元の世界と変わらない。パフパフパブを出たのが日付が変わる前、それから逃走劇に、逆転劇に、逮捕劇。三つ劇をこなした上にボーっとしたから、多分今は夜明け前くらいなんだろう。看守さんが寝てても、きっとおかしくない。


[え、どういう計算? まあでも、そんなもんだろうな。後、看守が寝てるなんざ話にならねえけどな]


 言われてみれば、確かに。仕事中の居眠りはだめだね。


 おや。看守さんがすごく気持ち悪そうな顔でこっち見てる。


[あのな。お前、一人で悩んだり、手を打ったり、頷いたりしてるように見えてるんだぞ。ついでに今は、突然口を尖らしてむくれてる。多分、死刑のストレスでおかしくなったと思われてるぞ]


 失礼な。


「な、なんだよお前。大人しくしてろよな」


 看守さんは一歩引いたまま、出来れば関わりたくない気持ちを隠そうともしない。僕は甚だ不本意だけど、おっさんの意見は正しいようだ。牢があるって言うのに、明らかにさっきより距離を取って話しかけてくる。


[兄ちゃんな、いい年なのにほっぺふくらますなよ気持ち悪い。そんなだから童貞なんだ]


 かちん。人のこと言えるのかおっさん。その気持ちは思いのほかストレートに、言葉に表れた。


「うるさい童貞」


「……なんだとぉ」


 そして何故か、いつもの条件反射に看守さんが反応した。何だろう。さっきまでと打って変わって、顔がすごく怒ってる。歯なんかむき出しにして……いやあれ、歯って言うより牙かな。顔もいつのまにか、毛で覆われている。


[ありゃワーウルフだな。獣人化するとあんな感じだ]


 へえ。狼男ってやつですか。


 あれ?


「あの、今日満月じゃなかったと思うんですけど……」


 確かワーウルフは満月に獣の姿になるんじゃなかったっけ。


 おずおずと尋ねる僕に、目に殺意を滾らせて看守さんが吼える。


「……うるせえ。五十年童貞を貫いたワーウルフはなぁ。自在に変身出来るようになるんだよおおお」


 泣きながら襲い掛かる、看守さん。五十歳かあ、親父と同じくらいのはずなのに若く見えるな。誰かさんの六分の一の童貞暦だね。


[うるせえ。あとワーウルフはそこそこ長寿だ]


 しかし、割とピンチだ。牢の鉄格子が、看守さんの爪の一振りですんなり切り裂かれてしまった。


「お前どうせ死刑なんだろ? ちょっとくらい痛めつけてもいいよな? 少し殴るくらい。な? 少し皮を裂くくらい。な? 少し血が吹き出るくらい。な?」


 挙句の果てに看守さんは、よほど怒り狂っているのか不穏なことを小声で言いながら牢の中へ歩み寄ってくる。


 うん、質問の仕方が気持ち悪い。そりゃモテないかも。


[バカな事考えてんじゃねえよ。ありゃ獣人化と怒りで我を忘れてんな]


 なるほど。


「ちょっと心臓抉り出すくらい、な?」


 僕がおっさんの言葉に納得していると、看守さんの声がすぐ目の前で聞こえた。まだ少し距離はあったはずなのに。眼球の先には鋭い爪が突き立てられている。やばい。多分僕の事、殺す気だ。


「ちょ、ちょっと看守さん? 囚人殺してまずくないんですか?」


 唯でさえ死刑だってのに、怒り狂った看守さんに殺されるなんて悲惨もいい所だ。僕は両手をあげて、戦意がないことをアピールしてみる。


「童貞バカにした奴は殺す。仕事なんざ知るか」


 ダメだった。やばい。就職の夢、早くも潰えそう。


[魔法を使え! 教えたろ、目で見て、思うだけだ]


 おっさんが焦ったように、脳内で促した。


 目で見て、思うだけ。そうだ。ここで死んだら、僕の夢はそこで終わる。こいつ、仕事も忘れてなぶる事しか考えてないじゃないか。望んでないまま死刑囚になって、そのまま死ねるか!


 しっかりとワーウルフを捕らえる。眼球が、燃えるように熱くなった。気がした。


「いっ……」


 ビクリ。目の前に立ちふさがっていた体が、突然硬直した。


「いったあああああああああああああああああいん」


 そして、牢獄に悲鳴が響く。その声は足を踏まれた犬の鳴き声のようだった。


 看守さんは足を押さえた姿勢のまま、牢獄の床を転げまわっている。やっといてなんだけど、ほんと痛そう。


[ふん。おれの作った魔法『ペイン』を喰らっちゃあ、いかに屈強な体を持つワーウルフでもこんなもんだろ]


 おっさんは自慢げだ。


[ついでに、そいつに脱獄手伝わせようぜ。もう二、三発食らわせてやれば言う事聞くだろ]


 鬼のような事を言う。取り敢えず僕は、おっさんの言葉に素直に従う事にした。

 目で見て、思うだけ。


「……キャンッ」


 再び痛みで再びワーウルフは硬直する。


 目で見て、思うだけ。


「……ッ」


 目で見て、思うだけ。目で見て、思うだけ。目で見て、思うだけ。


「オオオオオオオオォーンッッッ」


[やりすぎだ……白目剥いて気絶しちまってるじゃねえか]


 怖い思いしたし、殺されそうになったからね。徹底的にやっておかないと、何かむかつくじゃん。僕はそう、心の中で返事をした。



 20分後。

 意識を取り戻したワーウルフに、もう敵意はないことは人目で分かった。なんせ、目を醒ました途端におなかを見せて仰向けに寝そべっていたからね。俗に言う、犬の服従ポーズ。異世界でも、こういう所は共通のようだった。


 僕は、早くも王様気分を味わっている。いや……。


「ご主人様、足を舐めても宜しいでしょうか」


「嫌です」


 女王様気分、かな。


 おっさんの話だと、ワーウルフは力関係を敏感に察知するらしい。今のこの女王様気分は、その種族の特性が出た結果なんだろう。でも待ってほしい。何が悲しくて、異世界で逞しい体をした看取さんに「ご主人様」なんて呼ばれなければならないんだろう。


「ご主人様、そういえば一つ質問が……」


「チッ。なんですか」


「ご主人様のパスポートは、今は手元にないはずです。何故、言葉がわかるのでしょう?」


 思わずこぼれた舌打ちを、ワーウルフは全く気にしていないようだった。


 でも言われてみればその通り。異世界旅行に必要な通称『異世界パス』が高額なのには、いくつか理由がある。その際たるものが、言語通訳機能の搭載だった。


 このパスは科学と魔法の粋を尽くした特殊な加工がされており、保持しているだけで周囲の異世界言語の翻訳が可能になる。しかし、死刑囚である僕は当然こういった所持品は全て取り上げられていて、今は粗末な囚人服を着せられているだけだった。言われてみれば、異世界の言葉が理解出来るのは不思議だ。


[それはな、おれが取り込まれてるからだ。おれは知の探求を司る神だからな]


 え。童貞なのに?


[関係ねえだろ]


 確かに。


「魔法の力かな」


 取り合えず、ワーウルフには適当に答えておく事にする。信じたのか、尊敬の眼差しを向けられてくるのがまた鬱陶しい限りだった。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

緑葉の月


初代魔王には、若くして取り立てられたワーウルフの従者がいた。

彼は、主君がこの国を去った後も帰りをひたすら待ち続る。

その姿は従者の鑑ともてはやされ、ワーウルフの死後にはその場には銅像が建てられてた。

銅像のある場所は現在、若者が待ち合わせ場所として多く利用されている。

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