宴会
その日の宴は、一日前とは打って変わって賑やかなものになった。
酒に食事、そして活気。
どれもマレージアの村には、長年なかったものなんだろう
首都ブガニアのどこでも手に入るような食事でも、こちらでは希少に違いない。
宴の席では、涙を流して食事をしている人もいたくらいだった。
隠れ住んできた数十年。
この人たちは、争いが続いていた時代もブガニアが攻めてきた時代も、守りこそしたものの攻め込んだりはしていないらしい。
ただ侵略を受けただけなのに、どうしてこんな苦しい生活を強いられなければいけなかったんだろう。
そう考えると僕は、彼らが喜んで食べている料理を奪う事なんて出来なかった。
「どうしたすぐる、泣いているのか」
ぼーっとしていると、いつの間にかそばにミリアさんがいた。
僕に向かって、食事を乗せた取り皿を差し出している。
僕は泣いてなんかないのに。
「ばぁっかじゃねえの? メシ食いそびれて泣くなよ、もやし」
荒々しく毒づくのは、エマだ。
失礼極まりない。
だから、泣いてなんかないんだってば。
[よかったなあ兄ちゃん。まともなメシだぞ。泣くな、食え]
泣いてなんてない。
でも、ミリアさんが持ってる皿は神々しい輝きを纏っていた。
僕はそっと、目元をカーディガンの裾で拭った。
[泣いてるじゃねえか]
「あいつらはよ」
取り皿から焼き鳥をむさぼる僕に、エマが言った。
あいつら、って言うのはオスタウロス達の事だろう。
彼女が顎で差す先には、木製のコップを打ち合わせて盛り上がっている屈強な男達がいた。
「あいつらは、お袋が拾ってきたんだ。政府に濡れ衣着せられて殺されたあいつらの親が、お袋のツレだったんだってよ」
エマの声は、彼女にしては真剣に聞こえた。
「ミノタウロス族ってのは、地中に住むもんだ。それが、新しい国を作って区画整理するとか言ってよ。地中に住まれると管理出来ない、悪さされたら大変だとか難癖つけられたんだと。何もしてねえのに、殺されちまったらしい」
夜の暗闇に照らされる彼女の顔には、普段の彼女の勝気さはない。
「おかしいよな。本当にろくでもねえことしてた親父やお袋は無事で、大人しく本能に従って地中で暮らしてただけのあいつらの親は死んじまったんだぜ。お袋、あいつらのことは随分気にしてたっけ。自分らが荒らしまわったせいで目つけられたんじゃねえかって」
だから、エマはあのオスタウロス達を見放さないで強盗団を続けてるんだろうか。
「お前な」
エマが突然呆れたように僕を見た。
「人が真面目にしゃべってんだから、食うのやめろよ」
僕は口がふさがっていたので、頭を下げる事で僅かばかりの申し訳なさを見せる。
「何だよ、謝ったつもりか? 食うのやめてねえじゃねえか。まあいいや……ここの村の奴らもそうだけど、何か可笑しい気がするんだよな。オレら強盗団が狙うターゲットは、わりい事してるのにいい暮らししてる。でも、種族の特性に従って生きてきただけのあいつらの親は死んじまったわけだろ」
僕は口いっぱいにあんかけ焼きそばをほお張りながら、頷く。
「政府のやつらは、やっと平和になりました! って騒いでるけどよ。だからってあいつらやここの村のやつらみたいに踏み台になったヤツがいるの、違うと思うんだよ」
「同感だな」
僕の代わりに返事をしたのは、ミリアさんだった。
「わたしの父も陥れられた。何もしていないはずなのに、だ。わたしはそれを、今でも信じてる。平和の為だとしても、罪のない父が謀殺されたのはやはり納得出来ない」
きりりとした瞳に怒りを滲ませながら、ミリアさんは言う。
ふと、誰かが僕の背中を叩いた。
「ふむ。妻はな」
この声は、グレンザムさんだ。
「妻は、木漏れ日のように暖かく、優しい女性だった」
振り返るグレンザムさんの目は、いつもより悲しげに見えた。
「殺されるいわれなどなかったのだ。奴らは私が投降すれば妻を助けると、彼女に刃を突きつけながら言った」
そう言いながら、グレンザムさんは僕の隣に座る。
「しかし、結局殺されてしまった。あんなに暖かかった、彼女がだ。妻は最期まで、私に逃げろと言っていた。自分の身を省みずに」
うつむくグレンザムさんは、いつもより随分ちっぽけだった。
僕は、口の中のものを無理矢理呑み込む。
「僕はさ」
目の前にある酒で、全てを流し込み、更に続ける。
「僕はよくこっちの事わからないけど」
エマを見て、ミリアさんを見て、最後に魔人さんを見る。
「気に入らないよね、僕の就職の邪魔されるの」
それに、王様なら責任は背負わないとね。
心の中で、ぽそりと付け足しながら僕は立ち上がる。
明日は、作戦会議だ。
**天空大陸生物事典より抜粋**
『ミノタウロス』
天空大陸に多く住む種族の一つ。
雄は牛の頭に屈強な体躯を持ち、雌は人種に近い外見を持つ。
雌雄によって外見が異なるが、一般的に雌のミノタウロスの方が力が強い特徴がある。
また、地底に居住を構える性質をもつが、ブガニア連邦王国設立後は治安維持の為に地中での生活は禁じられた。




