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貧困

 朝日が無駄に晴れやかな午前。

僕の心は、どんな明りも照らすことが出来ない闇に包まれていた。

苛立ちは、募る一方。

魔人さんのお義父さん達、食べろ食べろと勧めては来るけどここに満足な食べ物なんてないじゃないか。

[そうは言ってもな、兄ちゃん。元々この西部で争いがずっと続いてたのだって、食い物取れる場所が限られるからだろ。食うに困らなくて、食って寝てなんて生活出来りゃあ争いなんて起こらねえよ。その中でもてなそうとしたら、ああ(・・)なるぜ]


 おっさんのいう「ああ(・・)」ってのは、昨晩僕達の訪れの祝いの席で出た料理の事だ。

僕だって、食べ物に期待なんてしてなかった。

街中にいた時ですら、まともに食べたのはマメとクサだ。

こんな最果ての、しかも隠れ住んでいる人たちの食糧事情はたかが知れてる。

でも、あれはないじゃないか。

[一応、食えるものだぞ。この辺りじゃ簡単に取れるし、栄養だってまあなんとか]


 そういう問題じゃない。

あの人たちは、あれを客人に出すご馳走になるくらい、普段粗末なものを食べてるんだ。

もう、何十年も。

硬い木の皮をふやかした煮物や、虫の串焼き。

それに、やたら苦い草のサラダ。

そんなの、あんまりだ。



「お客人、朝食の用意が出来ました」

僕がぼんやりと腰掛けていると、無視子さんが話しかけてきた。

朝食はいらないって言ったのに。

「……ありがとう」

無視子さんに言ったのが失敗だったのかもしれない。どうせ聞いちゃいなかったんだろう。

でも、無駄にはしちゃいけない。

僕はお尻についた土を払いながら立ち上がった。



 ハチ達はもうエマと合流出来たろうか。

送り出したのは昨日だ。

皆でグダグダ言うもんだからかなり荒々しい送り出しになっちゃったけど、ハチ達も今のこの村の食事事情に危機感を感じていない事がなんだか歯痒かった。

首都ブガニアを観光していた時は天空大陸は豊かな所だとばかり思っていたけど、案外この村みたいな場所はまだまだ多いのかもしれない。


 目の前に並んでいるのは、やっぱり普段なら食べないような食事ばかりだ。

骨の方が多そうな鳥の丸焼きに、僕の食卓にだけそっと乗っている卵。

それ以外には食べるものは見当たらない。


 僕は料理とも呼べないそれ(・・)を口に運びながら、ガイナルさんに訊ねる。

「この村、何人くらい住んでるんですか?」

「十人足らずかの、皆老いぼれじゃわい。昔は若かったんじゃがの」

一人で自分の冗談に笑いながら、ガイナルさんは答える。

十人。皆が満足に食うだけの食べ物が、きっとここにはない。

僕達が来たことで、きっと食糧は更に枯渇するだろう。


 畑らしいものはあったけど、それだって収穫の時期は限られる。

蓄えが充分にあるとはとても思えない。

長くこっちにいるつもりはないけど、これから僕やエマ達まで増えてこの村を拠点にするのは無理がある。


「食い物の事、考えとるのか」

ガイナルさんの目が、少し鋭くなる。

「面白いのう、目は死んどるくせに見るもんは見とるか。確かに戦に食い物は不可欠じゃろう」

魔人さんが信じる軍師ガイナルさんのことだから、それは元々わかってたはずだ。


 何も言わず食べ物を出してくれてるってことは、多分試されてる。

この状況をどうするか、見られてる。

暗に『何も考えないで攻め込んでも無駄だ』って言われてる。


「どうする」

「ええと、畑をまず広げようと思います。ハチが連れてくる仲間に土魔法使いがいるんです、凄腕の」

ユマちゃんの土魔法なら、畑はすぐに広げられる。

それに、あのプロレスラー集団オスタウロス達なら充分人足として役目を果たすだろう。

なあに、言う事を聞かなかったらバリっとやってやればいいだけの話だ。


「じゃが、すぐ育つもんじゃないぞい。それに、水が足りん」

「すぐ育てます。というか、わかって聞いてるでしょお爺さん」

お爺さんは僕の答えを聞いて、満足そうに笑った。

あれだけ僕らから情報をたたき出しておいて、同じことを考えない訳がない。

食糧不足は、ルンポリンとグロウーナで解決出来るはずだ。


「むむ。ス、スグルよ。カエダマ券というのを、そろそろだな」

ずっと成り行きを見守っていた魔人さんが、びくびくしながら話しかけてきた。

「草、食べてりゃいいんでしょ? カエダマ券、魔人さんにはいらないんじゃないかなあ」

「い、いやうむ。あれはだな。早く外世界に帰りたいとスグルが思っているかと思ってだな。牧草なら沢山用意出来るし、栄養価も高いし、そもそもスグルもミノタウロスの巣穴で、喜んで食べていたではないか」


 言い訳がましく自分の行いを正当化しようとする魔人さんを、僕は白い目で見つめる。

「残念だなあ、畑が作れればラーメンも作れるかもしれないのに」

「わかった、私が悪かった。力が必要ならいつでも言ってくれ」

無駄にいい顔をする魔人さんにため息がでた。

この人、知れば知るほどなんというかアレだなあ。

そもそも豚骨ラーメン、豚がいないと出来ないのに。

だまっとこ。



**ブガニア新聞より抜粋**


創立暦三十四年 八月十八日 朝刊


昨夜、首都ブガニアの飲食店並びに量販店で窃盗事件が発生した。

盗まれたのは食料、調味料、野菜の肥料や種である。

鍵を破壊して押し入る犯行手段から、強盗事件としてキーパーズは捜査を進めている。

犯行現場には「甚だ不本意ですが、ごめんなさい」という謎の書置きが残されていた。

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