爺
魔人さんは僕の隣にやってくると、奥に座っているお爺さんに向かって言った。
「父よ、この若者が今話したスグルだ」
お爺さんは目が悪いのか、細めで睨みつけるように僕を見る。
「まだ幼いように見えるがのう。その方が、王国を破る魔王と言うのか」
「うむ。想像を絶する魔法を持つばかりか、内に神をも宿している。少なくとも私は、この男に手も足も出せず破れた。今もう一度戦っても、やはり勝てる気がしない」
皺に埋もれた目が、少し動いた。驚いてる、のかな。
「おお。生涯で二度もお客神を見るとはのう。ありがたや、ありがたや。しかしグレンザムよ、神の中に神とはどういうことじゃ?」
「むむ……。何度も言っているだろう、父よ。マレージアの神と外の神は別なのだ」
魔人さんはそういうと、僕の方を少し困った顔で見る。
ははあ。
何となく、僕達が外で待たされていた理由がわかってきたぞ。
この部族の人にとって、神っていうのは外からやってきて文化をもたらす『客人』だけなんだ。
文化の違い、信仰の違いは外に出た人じゃないとうまく理解出来ない。
魔人さんは僕の存在をお爺さんに説明してからここに連れてくるつもりだったんだろう。
なかなか戻ってこなかったのは、伝えるのにてこずっていたからかもしれない。
そう言えばうちのおっさんの神様も、神と言うからにはどこかで信仰されているのかな。
おっさん信仰とか、あるの?
[おっさん信仰って何だよ。知の探求を司る神、パビラスカだって。まあ信仰はな、うん……]
……ごめん。触れちゃいけないところだったのかな。
[謝るな、余計辛いじゃねえか。まあ、引きこもってちゃ信仰なんて集まらねえって周りにゃよく怒られてたし、自業自得ってやつだ。最後にお供え物もらったの、いつだったかなあ……]
何だか生々しい返事が返ってきた。
神の世界は、いろいろ大変らしい。
そして、魔人さんも大変そうだった。
「ぐぬ。父よ、外には沢山の神がいてだな」
「そりゃおるじゃろ、外からやってくる人はお客神じゃ。敵意がなけりゃ、じゃがのう」
ほほほ、と老人は楽しそうに笑う。
敵意があったらどうなるんだろう。
この村に戦える人、あんまりいなそうだけど。
魔人さんは顔をしかめながら、頑張って説得を続ける。
どうしよう、ちょっと見てるのが楽しくなってきた。
「むむむ。そうではなく……。そうだ、では一旦スグルの中に神がいることは忘れてだな」
「聞いたことをすぐ忘れろじゃと? 血の繋がりがないとは言え、父をボケ老人扱いするかっ!」
「……はぁ」
お爺さんの突然の一喝に、魔人さんは疲れきったようにため息を吐く。
「グレンザム。外の事はわからんが」
魔人さんを見るお爺さんの目が、少し和らいだ気がした。
「お主でもだめだったんじゃ。娘を人質に取られ、ブガニアに下るしかなかったではないか。ブガニアに、何十年もいいように扱われたではないか。老いぼれを助けるので、精一杯だったではないか」
言い含めるように、弱々しいかすれた声でお爺さんは続ける。
「新たなお客神が訪ねてくれたのはありがたいことじゃ。娘亡き後、生気を失ったお主がこうして元気を取り戻してくれたのもな。しかしな……無事逃げてこれたならば、ここでゆっくりしてはどうじゃ。娘に続いて息子まで亡くされてはたまらんぞ」
何だか雲行きが怪しい。
レジスタンスの紹介をしてもらうつもりだったのに、手伝ってもらう所か戦いに行くのを止められそう。
しかも、ここで間に入ったら悪者になりそう。
僕は、展開に困惑しながらも納得していた。
魔人さんが妙に所帯じみてる理由がわかった気がしたからだ。
実を言えば、伝え聞いた魔人の恐ろしさを僕はあまり感じた事がない。
どちらかと言えば、親しみを感じていたとも言える。
それはきっと、いい家族に恵まれたからなんだろう。
「父よ」
じっと黙っていた魔人さんが、迷いを振り払うように口を開いた。
「それでは困る。ピアーニャを奪ったブガニアを黙って許す事は、出来ぬのだ。私は呪われた身だ。それをこんなにも暖かく思ってくれる父の気持ちは、嬉しい。魔人を人として扱い、家族と呼んでくれるのが、心の底から嬉しい。しかし、だからこそ家族の仇を討ちたいのだ。スグルとなら、成し遂げられるはずなのだ」
僕をちらりと見て、魔人さんの説得は続く。
「勝算は、ある。幸い、ここに来るまで、いくらか現代の情報は得た。力を貸してはくれぬか」
力?
魔人さんの言葉に、ふと疑問が沸いた。
このお爺ちゃんに借りる力があるとは思えないんだけど。
「やれやれ、じゃのう。死に掛けに何をさせよるつもりじゃ」
「うむ、知恵を。弱小ながらも乱世を生き抜いた、父の知恵を借りたい」
**滅びた西部部族より抜粋**
※『滅びた西部部族』は、記録や伝承を元に西部部族一つ一つに言及した書物だ。
天空大陸の統一戦争で名を馳せたカリーシアやマレージア以外にも、様々な考察がなされ、一部荒廃文明フェチには絶大な人気を誇っている。
――――以下引用
マレージアは、魔人グレンザムを擁立した部族として有名だ。
逆に言えば「魔人を味方に付けた」以外では特筆する事項がない、とも言えるだろう。
しかし、筆者はこの事実に幾ばくかの疑問を感じざるを得ない。
紛争の中心部に住むマレージアが、何故魔人を抱えるまで生き残れていたのか。
答えは一つ。生き抜くだけの力が、彼らのはあったのだ。
戦闘部族ガイーノアの記録に、興味深い記述を発見した。
マレージアに攻め入ったガイーノアの戦闘部隊が、一方的な大打撃を受けたと言うものだ。
この記録は、魔人グレンザムが誕生する遥か以前のものである。
これは、マレージアが優れた戦術を持って戦う部族であった証明とは言えないだろうか。




