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無視

 最初に僕の視界に飛び込んで来たのは、風が吹けば飛んでいきそうなあばら家だった。

首都の石造りの綺麗な街並みを見た後だからか、余計に貧しさが目につく。

畑らしいものも見えるけど、岩陰の薄暗い所じゃあ育っている作物は見た目通り美味しくないだろう。

隠れ住んでいる以上、大々的に農業をする事は出来ないのかもしれない。


 家も、植物も、住んでいる人も、今にも消えてしまいそうなか細さだった。

僕を訝しげに、しかしどこか期待を込めた目で見る村の人々は、例外なく痩せ細っている。

[マレージアは、客人まろうどを崇める風習がある。確か、武器の有無で客か敵かを判断するはずだ。兄ちゃんは丸腰だし、その活気のない目は敵意ある来訪者には見えねえだろ。この村に幸をもたらす存在だと思われてんだよ]


 えぇ。ハードルを勝手に上げられても困るんだけど。

[こいつらマレージアは、閉ざされた部族だ。外部から与えられる刺激は、奴らに取っちゃ天からの贈り物なんだろうぜ]

まいったなあ。

僕、ペインくらいしか与えられる刺激ないよ?

[やめようね。なんで本気でマレージアにペインぶっ放す事考えてんだよ!]

え? 違うの?

刺激って言うから……。



「あの……」

いつもの不毛なやり取りを中断したのは、女の人のハスキーな声だった。

声の方向には、恐る恐るという様子でこちらを見ている病的な白さの女性がいる。

特別暖かくもないのに、身に着けているのはぼろ布に穴をあけてそのままそでを通したような、粗末なワンピースだけだ。

肌の白さと青い目で、どこか神秘的な印象があった。

体は痩せているけど、背は日本人成人男性の平均身長を何とか死守している僕と、あまり変わらないように見える。



 村の人なら丁度いい。

魔人さんのことを聞いてみよう。

「こんにちは。あの、グレンザムさん知りませんか?」

「お客神、ですよね。はじめまして、ですよね」

おや。

質問に、一切返答がないぞ。


 おかしいぞ。接し方間違えたかな。

「僕、伊丹克いたみすぐると言います。客人と言うか、グレンザムさんの友人です。それでグレンザムさんは……」

「お客神をこの目で見る日が来るなんて、思いもしませんでした。ありがとうございます、ありがとうございます」

おやおや。

ちっとも、話を聞いちゃくれてないぞ。


 はっ。

もしかしたら僕の声が小さいのかもしれない。

ろくなもんを食ってないせいで、面接トレで鍛えた良く通るすぐるヴォイスが衰えているのかも。

[兄ちゃん、ロクなトレーニングしてねえな]

もっと腹から声を出して、聞いてみよう。


「あの!! グレンザムさん!! 知りませんか!!!!」

「どうしよう。私ったらこんな格好で、失礼ですよね。でもようこそいらっしゃいました。長の所に案内しますね。こちらです」

……。

[泣くな、兄ちゃん。グレンザムがいるのはそこだ。目的は果たした、泣くな]

僕はこぼれてくる涙を拭いもせず、女性に着いて歩き出すのだった。



 ちょうど僕の涙が乾く頃に見えてきた家が、目的の場所のようだった。

絶壁のふもと、一番奥まった場所にある平屋が、この無視子さんの言う『長』の家なんだろう。

ちなみに、道中も色々と聞いたのにちっとも質問には答えてもらえていない。

彼女はやたらと身なりを気にしていたけど、そんな事より一度でいいから僕の質問に答えて欲しかった。


 無視子さんは恐らく風雨を全くしのげていないであろう扉を軽くノックし、返事も待たずにそれを開いている。

きっと、こういう人なんだろう。

「長、お客神をお連れしました」

もう大分聞きなれた、しかし一度も会話・・は出来ていない声で彼女は言う。

「返事も待たずに入る所をみると、ナーマじゃな。お客神、と言うたか」

「むむ。スグルではないか、何故目が泣いたように赤いのだ」

家の奥には、よぼよぼのやせた老人と、少し驚いた顔の魔人さんがいた。


 でも、二人に意識を傾ける前に僕はどうしても言いたい事があった。

おっさん、今まで話をちゃんと聞かなくてごめんね。

これからもちゃんと聞かないと思うけど、でもごめんね。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

緑葉の月


初代魔王は、当時荒れ果てていた西部で遂に【西方の紅蓮】との合流を果たす。

後に旧ブガニアに悪魔と恐れられた閣下も、この時ばかりは感極まり、涙を浮かべていたと言われている。

ブガニアの魔の手は、恐れ多くも初代魔王閣下に僅かばかりの恐怖を植えつけていたのかもしれない。

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