到着
転がっていた大きな岩にもたれながら、僕は思わず伸びをする。
もう、魔人さんが村に入っていって三十分くらいは経つだろうか。
僕の目の前にある村は、素朴というよりは朽ちかけと言った方がしっくり来る寂れ具合だった。
岩壁を利用して作った場所のようだが、僅かしかない家々を隠そうとする木々まで頼りなくやせ細っている。
魔人さんがお義父さん達をここに逃がしたらしいけど、見つからないように住んでいたならロクに手入れも出来てないんだろう。
「隠れ住ませている」と魔人さんは言ってたけど、何も知らずに近づいていたら、「人が住んでると思えない」と表現していたかもしれない。
ここに住む人々はマレージアと呼ばれる部族で、魔人さんの話によれば外部からの来客が立ち入るのは色々と面倒があるらしい。
住んでいる人はお義父さんのほかごく少数、知らない人間やら知らない巨大ルンポリンやらがずかずか乗り込めば、余計な刺激を与えかねないのも、外で待たされてる理由かも。僕ならいやだ。
それにしても、飽きてきた。魔人さん、まだかな。
村の入り口に目を向けてみるも、やっぱり戻ってくる気配がない。
暇だし、ペインについて気になってたことでも聞いてみようかな。
わりとどうでもいいんだけど、暇だし。
[二度言うんじゃねえ。大事なことなんだから、もっと関心持て。で、なんだ?]
いやあ、地味魔法に興味持つって難しいよ?
まあでも、ちょっとした疑問がね。
ルンポリン戦の事なんだけど、何で足がないのに、ペイン効いたの?
[あーそれか。ペインの効果、兄ちゃんもう覚えたろ?]
タンスの角に小指をぶつけた痛みを与える、でしょ。
[そうだ。痛みを与える、だ。おれは足に、なんて一言も言ってねえぞ? 今まで食らったやつら、足押さえてるやつなんていなかったろう]
うわあ、へりくつー。
でも確かに、小指を抑えて転げまわる人っていなかったなあ。
[だろ。ペインは対象の痛覚に直接、無条件にあがなえない痛みを与える。だから足がない、とか大した問題じゃねえんだよな。ペインを受けたものは、無条件に全てを投げ出したくなるような、生きてることを絶望したくなるような痛みに苦しむって訳だ]
その絶望的な痛みってのが、タンスの角に小指を……ってやつ?
[そうだ!]
わあ、さすがバカの神様だね!
[……言っとくけど、神なんてみんなこんなもんだからな]
相変わらず、知れば知るほどくだらないテーマを追求した魔法だなあ。
まあ、とりあえず疑問は解消されたから、良しとしよう。
ペインは相手を選ばないで使える、って事がわかったのは思ったより大きい。
つまり、姿を見る方法さえ見付ければおっさんでもいけるわけか。
[待て。本当に待て、なんだその不穏な考えは]
誰かさんに対しては色々溜まってるんだよね、不満とかストレス。
「す、すぐる?」
おっと。
ミリアさんに僕の素敵笑顔、見られちゃったかな。
何かちょっと引いてる。
「すさまじい顏をしていたぞ。今までかなりの犯罪者を捕えてきたが、今のすぐるの顔を見せただけで脅えて逃げそうだ。そんな事より、グレンザムは少し遅すぎないだろうか」
「ほんとだね。グレンザムさんに何かあるとは思えないし、積もる話でもあるのかな」
出来れば話し込むより、先に迎えに来てくれると助かるんだけどなあ。
よし。
僕は立ち上がり、マレージアの村に向かって歩き出す。
「僕、ちょっと中の様子見てくるよ」
「わかった。わたしはルンポリンちゃんの所に行ってくる。ふふ、ほんとにかわいいなあ。みろ、ふわふわ浮かんで実に楽しそうじゃないか。頼み込んだら、あのふわふわをつんつんさせてもらえるかな」
思わず振り返ると、目をキラキラさせたミリアさんがそこにはいた。
あのふわふわ、って外皮の事いってるのかな。
僕には、あの怪奇テルテル坊主のオバケはギアラかマルチョウの塊にしか見えないんだけど…………何がそんなに可愛いんだろう。
「ハチも空を飛んでみたいって言って、さっきルンポリンの所に行ったみたいだよ。じゃ、僕はグレンザムさんの所に行ってくるね」
未だうっとり顔のミリアさんに再び背を向け、僕は魔人さんが入っていった木々の切れ目を目指して歩き出す。
ひとまずの目的地に到着したとはいえ、まだまだ僕の最大手就職エリートコースへの復帰は遠く、険しそうだった。
**『ミリ様を崇める集い』会報より抜粋**
本会報取材チームに、衝撃が走った。
ミリ様が、重度の不快性視覚情報愛好者(不可解な言語の為近しい言葉をあてている)だと言う、実しやかな情報を入手したのである。
ミリ様の情報なら何でも欲しい取材チームは、『ミリ様を崇める集い』規約を厳守した上で早速実地調査を開始した。
続報は次号会報にて!!
※次号会報に該当するものは発見されているが、続報は「取材チーム一同食欲不振」という理由によって掲載されていなかった。取材チームが何を目撃したのか、現在ではもう知る術がない。




