宝具
果たして、体育座りとルンポリンにはどういう関係性があるんだろうか。
迫っていた巨大モンスターを圧倒的な力で素敵に葬り去った僕は、その事にずっと考えを巡らせていた。
まだ首都ブガニアにいる頃、おっさんは僕が体育座りしているのを『パイエム・ルンポリン座り』と表現した。
あれは、おっさんがいつも僕に施してくれる脳内翻訳機能の誤訳だったらしい。
しかし、どうしても僕にはあの気色悪いルンポリンと僕の体育座りがイコールになるとは思えなかった。
あの体育座りは僕の訓練の集大成だ。
いつ圧迫面接官に「体育座りを見せてください」と言われてもいいように、必死でリクルート・スーツに皺をつくらない座り方を研究しつくし、そして実演し、何と二時間体育座りを続けても虎の子のリクルート・スーツに皺を寄せない体育座りを会得したと言うのに。
はっ。
まさか、『パイエム』の部分に何か特別な意味があるのか。
あのぶよぶよした白いバケモノを、思わず面接官を唸らせたであろう僕の体育座りレベルまで引き上げる、何かが……。
[よし兄ちゃん、そこまでだ。おじさん今、宝具の説明してるからね。そんな事でこれまで見せたことないような真面目な顔するのはやめようね]
ああ。
そう言えばそんな話もしてたね。
でも僕今、すごく大事な謎を解いてるんだよね。
その宝具どうこうっての、後にしない?
[しない。宝具の説明、大事だよ? 人の話を聞けないようじゃ就職出来ないと、おじさん思うなあ]
……一理ある。
で、宝具ってなんなんだっけ?
[はあ、また一からかよ……]
おっさんは文句を言いながらも、再び(僕にとっては初めて)宝具についての説明を始めるのだった。
[いいか、宝具ってのはブガニアの王家に伝わる、特別な力を持つ武具だ。全部で七つ、そのうちの一つが、姉ちゃんが持ってる刈り取りのハーヴェス。まあ、前に見た通り、刃を自在に移動出来る鎌だな]
ふんふん。
ハチが刺されてびっくりしたよね。
で、さっきルンポリンの中から出てきたやつも宝具なの?
[そうだ。あの変わった形の槌が、育むグロウーナ。ま、持ってるのは植物なんかの急成長を促す力ってとこか]
ふむふむ。
あれ、待って。ルンポリンって植物なの?
[おれは生物についてはそんなに関心なくてな。ルンポリンについちゃ、知ってる事は人間の知識とさほど変わりはねえ。が、多分違う]
へえ。女体には興味深々なのに?
[……おれだってイチャイチャしてみてえんだよ。クソ、どいつもこいつも楽しそうにカップリングして生殖活動しやがっておれだって一度くらいやってみたいってそう思うじゃねえか知識だけ蓄えても実践出来なきゃ意味ないってそう]
で、違うなら何であんな馬鹿でかくなってたの?
[話を振っといてブチ切るんじゃねえ。ま、まあいい。あれは多分、グロウーナの本来の力だ」
本来の?
[そう。宝具って言うには、姉ちゃんが持ってるハーヴェスの力なんてちゃちいと思わねえか? ハチと戦ってた時だって、本当に自在に操れるなら何も近づく必要すらねえはずだ。戦いながら使ってた所を見ると、刃を出せるのは姉ちゃんの体のどこかから、ってとこだろうな]
ヨソから来た僕からすると、それでもすごいけどなあ。
あ、でも魔法が使えるこの世界で、体のどこにでも鎌の刃を移動出来るってあんまりすごくないかも。
宝具って扱いを受けるからには、涙魔法より使えるものじゃないと意味がないとは思うよね。
[お、飲み込みが早いね。宝具ってのはな、誰でも特別な力を使える。だが、適正者が使えばその力は更に増すんだ。あの鎌の本来の力は、あんなもんじゃねえ]
ミリアさんは使いこなせてないってこと?
[逆だな。グレンザムの話だと、返すよう仕向けられているフシがあった。多分姉ちゃんは適正者で、ハーヴェスの真の力を使って反乱を起こされる事を恐れた政府が色々仕組んだんだろう。多少天然ではあるが、あの姉ちゃんの使う涙魔法だって貴重なもんだぜ。親を謀殺して閑職に追い遣るなんて、考えにくい]
じゃあ、あのルンポリンも適正者?
[わからねえ。人以外が使えるもんか試した奴なんて今までいなかったからな。ただ恐らくは、違う。ハチがあれを体内から引き抜いたら、体がぐずぐずになってただろ。無理矢理馬鹿でかく成長させてたのが崩れてくって感じだった。人間共も色々魔法研究してるみてえだし、その一環かもな]
ふーん。
でも、おっさんがちゃんと話しを聞けってしつこいの珍しいね。
宝具の話って、魔王になるために重要な事なの?
[まーそうだな。魔王になるために、って言うより元の世界に戻る為、だ。宝具は、兄ちゃんが元の世界に帰る為のカギになる。まあ、集める為には魔王になるしかねえけどな]
何かめんどくさそうな事言い出したね。
世界征服して、転送装置のグリムルの鎌を襲撃すればいいんじゃないの?
[それじゃダメだ。まあ、追々説明してやるよ。それより、そろそろ着くみたいだぞ?]
おっさんに促されて下を見ると、魔人さんが前の方を指差して何か叫んでいるようだった。
指の先には細木に覆われた集落のようなものと、そこから立ち上る煙が見える。人がいるらしい。
僕は、ベッドにしていたルンポリンの白い皮を叩いて高度を下げるよう合図をした。
『ペソ!』
伝わったらしく、返事らしきものが体の下から聞こえた。
しかし、また変な道連れが出来ちゃったなあ。
まさか宝具を元の場所に戻したらルンポリンが復活して、更に懐いてくるとは。
僕は高度を下げていくルンポリンの上で、ぼんやりそんな事を考えいてた。
**魔法省研究所日報**
創立暦三十四年
五月十二日
新たに進められているプロジェクトは順調に進展を見せている。
現在は被検体の固定化、捕獲に成功し、既に研究室で適合性の比較的高い検体を選別している最中だ。
被検体の捕獲は今まで前例がない試みであったにも関わらず、所長のガム・デリモルド氏はこの難関をいとも容易く突破した。
尚、『プロジェクト・ドロップス』に変わる本プロジェクトは緘口令が敷かれているため、具体的な開発名は伏せ『プロジェクト・N』と呼ばれることになった。




