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謁見

 天空大陸にある四つの湖の一つ、グランレイクをキドルは遠目に見ていた。

普段のキドルは、ほとんど円柱を出ない。

多忙極まる日常の忙しさも、もちろん理由の一つではある。

しかし最たる理由は、情報の伝達や収集だけなら、政の中枢たる円柱で全て揃うからだ。

この湖を円柱以外から見るのも、随分久しぶりに感じていた。


 グランレイクは天空大陸で最も大きく、また最も重要な役割を持つ湖だ。

王都に住まう民の水源としても、もちろん大きな役割を果たしている。

しかし、それだけではない。

この湖は生活の象徴と言うより、キドルに取っては王の象徴なのだ。



 東西に横長に伸びたグランレイクの中ごろには、先ほどまでキドルがいた魔法学研究所がある。

魔法学研究所の建設をこの位置に決めたのは、ほかならぬキドルだった。

魔法を取り締まり、そして魔法により守らねばならなかったのである。

グランレイクの西端に聳え立つ城、王が住まうブガニア城を。


 天空大陸の統一を目指していた頃であれば、豊富な水源は強みでしかなかった。

乱立する敵勢力に対して、豊富な資源は充分なアドバンテージとなる。

潤滑な資源の元である湖の傍に王の城を構えるのは、必然だった。


 しかし、その勢力の頂点に位置するとなれば、話は違ってくる。

今、天空大陸で反乱が起これば、その矛先は間違いなく王国の象徴、王へ向くはずだからだ。

ブブガニウス王は既に権力を放棄し、国家の象徴である事を望んで受け入れている。


 未だ統一から三十年を過ぎた程度だ。

キドルが必死に取り組んだ魔法の取り締まりや反乱の鎮圧によってかなり沈静化してはいるが、王都を離れれば機会を伺う敵対勢力は数多くある。

王城の傍にある潤滑な水源は、何も手を打たなければ魔法を使う触媒として、さぞ敵対勢力の役に立つだろう。


 いくら手を打っても、頭を痛める原因は尽きてくれない。

しかも、今回の頭痛の種はとびっきり厄介そうだ。

キドルは、動きを止めた馬車から降り、握り締めていた帽子に深く頭を押し込んだ。


◆◆◆◆◆◆


「キドっちさー。魔人逃がしたってホントなのー?」

深みのある緑の髪を優雅に流した男は、だらしなく椅子に体を崩しながらそう言った。

「はい。西へ向かったのは間違いない、と思うのです。魔人もそうですが、もう一つ懸念が」

キドルは座りもせずに、馴れ馴れしいこの男に丁寧に返す。

「既にご報告してあった、死刑囚。彼もまた、脅威になるかと」


 緑の髪の青年は、ため息をつきながら頬を指で掻く。

「あー。魔人だけでもおっかないのに、死刑囚まで脱獄かー。キドっちにしちゃめずらしいポカだね」

「申し開きのしようがない、のです。ご報告した通り、死刑囚は外世界人です。大した脅威にはならないだろうと考え、魔人にばかり気を取られていました」


 青年はキドルの弁解に関心を引かれたのか、目に好奇の光を宿らせた。

「んーと、魔法使って死刑だっけ? 笑えるよねー、外世界人のくせに魔法使って死刑とか。まーどんな魔法か知らないけど。あっちの物持ち込んでる、とかじゃないんでしょ? 何だっけ、ジュウとかデンシキキ?」

「それはありえない、のです。持ち込んでいれば、外世界からこちらには来れません。『グリムルの鎌』は衣類、金銭以外の転送を全て拒否します」

「でも、魔法覚えるってのもありえないよねー。しかもただの魔法じゃ、キドっちは脅威・・なんて言い方しないでしょー?」

この青年はいつもこうだ。

倦怠感溢れる態度のくせに、妙に頭が切れる。


「はい。前例がない、涙魔法を所持している可能性が高いのです。聴取から察するに、不可視の擬似物理攻撃が可能かと。もう一つ、魔法光が発生しない、と思われるのです」

「そりゃまいるよー、キドっち。暗殺し放題じゃーん」

ガムと違って、疑おうともしてない。

事実を事実として受け入れ、更に何が脅威なのか理解している青年は、やはり賢い。

そして、いけ好かない。


 何故、もう少し真剣に話せないのだ。彼ら王族は。

「所で王子・・。王は、いらっしゃらないのですか」

「親父には、キドっちの話聞いて相手しとけって言われてるー。出かけたみたいだし、来ないんじゃないかなー」

王子の返答に、思わず強く帽子を握る。

しかし、すぐキドルは思い直した。

相手を置いていってくれるだけ、普段よりマシというものだ。


「王は……他には何か、仰っておられませんでしたか」

「そーだなー」

のんびりした口調で、王子はわざとらしく考え込むそぶりを見せる。

「研究所にさせてるさー、擬似魔人の研究? あれだけはばれないようにしろって。多分、これから使うんでしょ? バケモノ達を、魔人にさ。その許可もらいに来るだろうから、OK出してって親父に言われてるー。そういやあそこの所長、あのおっさんも面白いよねー。見つけてきたのはキドっちだっけ?」



 王子が言うのは、ガムのことだろう。

魔法学研究所の誕生は、ガムとキドルの出会いがあってこそだった。


 触媒魔法は人単体が扱えば些細な力しか持たない。

その常識を覆したのが、ほかならぬガムだった。

彼は、複数人で同時展開させることで触媒魔法でも絶大な効果を発揮する、という理論と技術を生み出したのである。

彼の考えた理論は、今では軍用はもちろん蒸気機関車等、生活にも大きく役立てられている。


 そして今、公爵家にすら伝えず極秘で進めさせている研究が、一つある。

宝具、涙魔法、果てには失われた呪いまで駆使しての、『第二の魔人』創造だ。

ガムが『七番』と呼んでいた西の巨大モンスターは、第二の魔人創造計画の一端で生まれた失敗作だった。



 魔人を再び生み出すなど、知られてはならない。

王の懸念が、キドルには充分すぎるほど良く伝わった。

魔人グレンザムがブガニア国に与えた恐怖は、当時を生きたものなら誰でも知っているのだ。


 了解の意を伝えようと、キドルは顔を上げて王子を見る。

しかし、口は開かなかった。王子は更に、人の不幸を喜ぶようににやけていたからだ。

まだ何か、伝える事があるらしい。

「それとー。外世界人、死刑にしちゃうのってややこしくならないの? あっちの世界の政府に説明とかさー。王家(ウチ)はもう政治離れてるからわかんないけど、渉外ってたいへんそーだよねー、キドっち?」


 確かに面倒だろう。

しかし、自国に迫る危機の前ではそんな問題は大したことではない。

また、自分の睡眠時間を削れば良いだけだ。

外交という意味なら、外世界とこちらでは完全にこちらが優位に立っている。

「そちらは問題ありません。ルールの厳守が出来ないなら帰せない、と言ってあるのです」


 案の定、王子はキドルの不幸を喜んでいただけらしい。

楽しそうな笑顔が、露骨にしぼんだ。

「なーんだ。じゃ、擬似魔人のことだけよろしくー」

「もちろん、なのです。彼らはもう、西につくころでしょう。あそこなら、人目につく事もありません。充分に作戦を練って、対応するつもりなのです」

苦手な相手との対談で、キドルは一気に疲れた気分だった。

しかし、擬似魔人の運用許可は得られた。


 キドルは疲れた体で王子へ退席を伝え、城を後にする。

休んではいられない。やる事は山積みなのだ。



**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**



天空大陸を統一し、ブガニア連邦王国の建国に至ったのは当然の帰結だった。

まず、地の利。

統一前から天空大陸に所在する四大湖の一つを拠点として保持していた。

次に、他国にはない異能の力。

強大な力をもつ宝具の存在だ。

そしてなにより、ブブガニウス一族の血筋だ。

現在のブブガニウス十三世に至るまで、代々の王は全て頭脳明晰にして眉目秀麗、そして一騎当千の覇王足りえている。

正に、ブブガニウス陛下は成すべくして天空大陸を統一されたのだ。

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