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『ナアアアアァッ! ナンナッナー!』


 おっさんの言う通り『足』のないルンポリンにも、本当にペインは通用するらしい。

ただ、効いたはいいが、悲鳴がうるさいなんてもんじゃなかった。

ついでに、痛がる様も見れたもんじゃなかった。

悲鳴を上げながら例の白い皮を激しくうねうねぐにょぐにょ動かす姿は、もうホラーの域に踏み込んでいると思う。


 小さい生き物をアップで見るとグロテスクだった、なんてのはよく聞く話だ。

でもこんなに生理的に受け付けないとは……。

そろそろお肉食べたいな、とか思ってたけど……しばらくホルモンとか脂身とかは受け付けなそう。

ラーメンの脂マシもやめておこう。


 はあ、嫌なもん見たなあ。

[やったのは兄ちゃん……はあ。もうね、おじさんはね。兄ちゃんに言葉もないよ。ここまで理不尽かつ横暴だとね、手も足も出ませんよほんとに]

え、なんで?



 ――ぴちょん。


 おっさんの言葉に疑問を感じていると、頬に水滴があたった。


 ――ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん。


 というか、どんどん当たる。

雨かなとも思ったけど、相変わらず太陽は荒野を照らしている。

それに、雨粒にしちゃ大きすぎる。


 となるとこれは……。

[ルンポリンだな。元々は泉のそばで生活してる妖精の一種で、食事代わりに外皮に水分を取り込む性質がある。随分この辺りが干上がってると思ったが、こいつが吸い荒らしたからか、納得だぜ]


 ちょっと待って。

じゃあこれ、あいつの吐しゃ物みたいなもん?

[まあ、そうだ]

激痛のショックで吐くなんて、なんて軟弱な……。


 食べ物を大事にしないばかりか、顔に吐きかけるとはなんてマナーが悪いんだろう。

これは少しばかり、お仕置きをしてやらないといけないね。

僕はカーディガンをばさりと翻し、ルンポリンと再び向かい合う。

[モンスターにモラル求めるんじゃねえよ。あと、カーディガンは翻らねえぞ]

ちょっとぱさってなったじゃん。



 さて。では。

大地の恵みを踏みにじりし異形の者よ、その報いを続けざまに受けるがいい!

見てっ!

思うだけっ!!


 これが僕の顔が濡れた怒り!


『ナッー!』


 そしてこれが、僕のカーディガンが少しじめっとした不快感への怒り!


『ナナッナー!』


 最後にこれはっ!

焼き肉屋にいっても満喫出来ない、僕の怒りだあぁぁっ!


『ペナントメセパルギマソヌペヌパーヌッ!』


 何だその悲鳴。

あの鳴き声に疑問の余地は大いにあるが、ルンポリンは堕ちた。

土煙をまき散らして横たわった巨体は、痛みで気を失ったからか、あれほどうねうね蠕動ぜんどうしていた襞も今はふにゃりと垂れ下がっている。

その姿は、願い通じず豪雨に見舞われたテルテル坊主を彷彿とさ、何だか哀愁が漂っていた。


「さすがはご主人様! しかしまだ何をしてくるかわかりません、あとはお任せを!」

ハチはそういうと、すさまじい速さでルンポリンへ向かっていく。

既に動きは止めているとは言え、あんな無警戒に近づいて大丈夫なんだろうか。

「でやああぁぁぁ」

とどめをさすつもりなのか、ついた勢いそのままにハチは高く跳び、

「ぬああぁぁぁ……」

そのまま、横たわったルンポリンの体に頭からずるんと埋まった。


 もう、この敵やだ。

いちいち気持ち悪い。


 少しずつルンポリンの体に沈んでいくハチ。

もはや悲鳴も聞こえなかった。

「ふむ……」

魔人さんがそっと呟き、目の前に広がる気色悪い光景から顔を背けた。


「いこっか……」

僕もそれに倣い、何もなかった体を必死で繕いながら西へ向けて歩き出す。

恐らく魔人さんと僕の気持ちは同じだ。

これ以上、アレに関わりたくない。

犠牲はこの際、仕方ない。


「あ……あのなすぐる、ちょっとだけ触ってみたいのだが……少しだけでいいんだが……」

ミリアさんは、驚くべきことにまだあの不気味生物に関心を持っているらしい。

それでも空気を読んだのか、とぼとぼと僕らの後を付いてくる。

[ハチ……いい奴だったなあ……]

うんうん、いなくなると寂しくなるねえ……。


「ご主人様ぁっ!」

「チッ」

どうやら無事だったらしい。

体内を突っ切ったのか、つのの根元あたりから顔を出したハチが手を振っている。

ハチの顔も体も、白いドロドロにまみれていてよく見えないけど角にしがみついて体を浮かせてるんだろうか。



 無事も確認した事だし、さっさと置いて西へ向かおう。

「ご主人様、変な形の金鎚を見つけましたよ! 何でしょうね、これ!」

ハチがドロドロから何かを引き抜く。

包太鼓に取っ手がついたような形してるね。


「おい、それは宝具の一つだぞ」

[ありゃあ、グロウーナじゃねえか]

ミリアさんとおっさんが、同じタイミングで、そう言った。



**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**



旧ブガニア国には、選りすぐりの魔法研究家が大勢いた。

しかし彼らの叡智を以ってしても、王家に伝わる宝具の特性は再現出来なかった。


宝具と涙魔法の最大の違いは、その特性を容易に他者へ分け与えられる事である。

賢者の涙が受け入れたもののみが利用出来る涙魔法に対して、宝具は利用者の全てにその特性の一部を与える事が出来た。

よって、宝具を王家より貸し与えられることは、王の力の一部を貸し与えられるも同じと見なされ、大変名誉な事だとされている。


挿絵(By みてみん)

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