寝起き
空腹を癒せたと言っても、口にしたのは豆だけだ。
満足感を得るには程遠い。
夜風に当たらなくなったと言っても、僕が今いるのは貨物車だ。
乗り心地は当然、良くない。
それなのに。
どうしてこうも、乗り物の振動は心地良い眠りを誘うんだろう。
疲れがあったとは言え、夢も見ずにぐっすり眠り込んでしまったらしい。
ただ、至福の時は長くは続かなかった。
寝起きのぼんやりとした頭がまず感じたのは、煩わしさ。
『……』
先ほどから、妙な響きの声がずっと聞こえている。
不愉快極まりない事に、実は僕が目を醒ましたのも誰のものかわからない声のせいだった。
『ギ~マル~ペ~ナ~~』
目が覚めてきたからか、何かの鳴き声がさっきよりはっきり聞こえた。
「見たか、使えたぞグレンザム!」
ハチがはしゃいでいる所を見ると、この奇声はどうやらハチが起こしているらしかった。
「すごいっ、すごいぞ!」
まだぼんやりしていたいのに、どうして人が寝てる隣でこうも賑やかに出来るんだろう。
『ギ~マル~ペ~ナ~~』
そして、このすごく耳障りな奇声は一体何なんだろう。
[こりゃルンポリンの鳴き声だな]
またルンポリン!?
鳴くの!?
「起きたか」
ルンポリンの謎すぎる生態(?)に飛び起きた僕を真っ先に見つけ、ミリアさんがこちらを向く。
「起こされた、かな。それで、この騒ぎはどうしたの?」
「ああ、バカ犬がドロップスで遊んでるんだ。例の、奇声を上げ続けるというやつだな」
なるほど。
「一応、数に限りがあるものだから無駄にするなとは言ったんだ。聞いてはもらえなかったがな」
そう言うミリアさんの顔がすごく呆れてるのも、納得だね。
ハチは、ワーウルフの姿になっていた。
あいつドロップス使いたくて人型になったな。
よく見ると、魔人さんまで一緒になって遊んでいる。
「グレンザム、次はどれにする?」
「ふむ。この爆発するドロップスはどうだろうか」
「はいちょっと待った」
どうだろうか、じゃないよ。
貨物車の中で爆発なんてされたらたまったもんじゃない。
それに、確かそのドロップスは一つしかないはずだ。
妙にはしゃぐ二人のおかげで、苛立ちは増すばかりだった。
「何遊んでるの二人とも。ちょっとドロップ置いて、こっち来て」
「ああっ、その残飯を見るような蔑んだ目……しかしご主人様、やっと魔法を……」
体を蔑まれる快感で震わせながらも、珍しくハチは少し抵抗するそぶりを見せた。
ドロップスを大事に抱え、少し非難めいた視線を向けてくる。
よほど魔法を使えるのが嬉しいんだろう。
「来いって言ってんだろ」
でも、そんなの僕には関係ない。
「むむ。スグルよ、しかしだな」
魔人さんも何か言いたげだ。
僕は話を聞ける男だから、言いたい事があるなら聞くよ、ちゃんと。
「替え玉いらないね?」
「すぐ行く少し待てほら行くぞハチさあ行くぞ」
ただ、それは今じゃない。
僕は替え玉引き換え券を颯爽と引き出し、魔人さんにちらつかせた。
二人が僕のすごすごとやってきたけど、その顔は「まるで何が悪いか分からない」と言わんばかりだ。
「じゃあ取り敢えず、そこに座ってくれる?」
そこに、と懇切丁寧に薄汚れた貨物車の床を僕は指し示してやる。
「あの、ご主人様……何かお怒りに」
「替え玉券だけはどうか頼む、どうか」
なのに、二人はちっとも自分の置かれた立場を理解していないようだった。
やれやれ。
僕は、さすがに怒りを隠しきれなかった。
目の前にいる二人を見て、僕は思う。
痛みよ、在れ。
と。
狭い貨物車に、悲痛な声が轟いた。
「あのさ、魔法が使えて嬉しいのはわかるけど遊びに使わないでよ。それに、こんな狭い所で爆発物なんて取り扱っちゃだめな事くらい分かるでしょ。何年魔人やってるの? ねえ何年? あと駄犬、捨てるぞ」
目の前でもぞもぞ蠢く二人の男に、僕は優しく教えを説く。
[その前にペイン使ったけどな。しかも兄ちゃん、なんかえらそうなこと言ってるけど寝てるの起こされて怒ってるだけだろ?]
そんな事ないよ。
「ぐぬ、違うのだスグル。確かに好奇心はあった、それは認める。だがこれは持つ戦力を確かめ、戦略を立てるためのだな……」
未だビクビクしているハチと違って、さすがに魔人さんは既に激痛を克服しつつあるらしい。
しゃがみこんだまま、僕に必死に言い訳をして来る。
[いやいや、一理あるよ? 兄ちゃん、そこまで怒る事ないとおじさんは思うな]
だから僕は、冷たく言い放つ。
[人の話無視すんなよ]
おっさんになんて、構ってられないの。
「この替え玉券を引き裂いてやってもいいんだよ?」
「すみませんでした」
最初からそういえば良いんだよ。
全く、もうちょっと寝てたかったのに。
[やっぱり寝てるの起こされて、怒ってるだけじゃねえか……]
ちなみに、寝て起きたら魔人さんの頭はいつものさらさらヘアーに戻ってた。
暴発すると何故かいつも髪だけチリチリになるんだって。
**天空大陸生物事典より抜粋**
『ルンポリン』
フェアリー科の一種で、モノアイと頭頂部の角が特徴。
主に北部泉のルンポの森で生息していることから、この名前がついた。
飛行には羽を使わず、その小さな体は常に浮いている。
フェアリー科の多くと同じようにその生態は謎に包まれているのは、捕獲が困難な為である。




