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魔法

 そんなこんなで、僕は何とか無事危機を切り抜けた。よくわからないままだけど、僕は魔法が使えるようになったらしい。で、よくわからないまま魔法を駆使して暴漢の戦意を喪失させて、キーパーズに突き出す所までは、よかった。


 問題はその後。キーパーズに事情を説明していた時の事だ。事情聴取をしていた、七三分けに丸眼鏡のキーパーズがこう言った。


「えーイタミさん。暴行の現行犯に対する正当防衛を取った、と言う事はわかりました。わかりましたが」


 眼鏡をクイと持ち上げ、僕を鋭く見る。


「犯人には外傷が見当たらない。なのに手酷い拷問にあったように焦燥しきってました。イタミさんが被害者であるといってもあの様子はどうもおかしい……何をしたんです?」


 なんだ、そんな事か。


「はい、魔法を使いました!」


 僕は答える。返事は元気よく。目を見て、しっかりと。丸眼鏡は就活生の模範のような僕の返事を聞いて、天井を見上げながら言った。


「供述取れました。応援お願いします」


 バンッ!

 合図を待っていたように、取調室の扉が勢いよく開く。開いた扉から雪崩れ込んできたのは、丸眼鏡と同じ制服を着た男達。


「ちょ、ちょっと、僕は被害者ですよ?」


 僕の抗議は、次々押し寄せる男達に無残に踏み潰されていく。


「魔法の不正取得、無免許での行使。この国の法律で、あなた死刑ですよ」


 潰されて身動きが取れなくなった僕をみて、丸眼鏡はにこやかにそう言った。



◆◆◆◆◆◆


 はい、以上で回想を終わります。


 まあそんな訳で、僕の夢の異世界旅行は『僕の死』でもって終わりを告げようとしていた。そりゃ魔法があるってことと、免許やらなんやらがいる事くらいは知ってたよ。


 でも。あっさり魔法覚えられるなんて、思わないもの。旅行先の法律を全部把握してる旅行者なんて、いないもの。


 死刑。死刑。頭で何度もその単語を反芻するも、実感を持てない。それどころか突然色々起きすぎて、笑うしかなかった。


 色々な衝撃で麻痺した頭で、僕は考える。大体あのおっさんにはめられたようなもんじゃないか。あのおっさんはこっち側の人間のくせに何も説明しないで魔法押し付けるなんて、あんまりだ。それに、魔法を与えるだけ与えていなくなるだなんて。


 よくわからないうちに消えちゃったんだよな、おっさん。変なおっさんだったけど、ちょっと楽し…


[いるぞ?]


 いた。思わずあたりをきょろきょろと見渡す。しかしいくら目を凝らしても、あのおっさんの姿はない。視界に入るのは堅い壁と安普請のベッド、それに備え付けのトイレくらいだった。


[いったろ、あの体はもう持たなかったんだよ。見える体が消えたってだけだ]


 また、どこからともなく聞こえてくる小汚い声。


[小汚いとはなんだこの童貞]


「うるさい童貞」


 条件反射で思わず罵倒する。しかし罵倒した相手の姿は、やはり見えなかった。


 そして、違和感に気付く。この留置所に響いているのは、僕の声だけだ。おっさんの声は、『音』としての響きを全く伴っていない。


[やっと気付いたか、体がねえんだから声なんて出せねえよ。おれは今、直接兄ちゃんの心に語りかけてる]


 なんだそれ。それにさっきから、まるで僕の考えがおっさんに読まれてるみたいだ。


[読んでるぞ?]


 読まれてた。え、どういうことなの。


[まあ、簡単に言うとだな。おれは、兄ちゃんの意識に取り込まれてる]


「あ、出てってください」


 勝手に居座らないで欲しい。どこのもの好きが、おっさんに意識のなかに居座られて喜ぶというのか。


[そ、そういうなよ。賢者の涙ってのは、能力を封じて与えるために作ったもんなんだ。封じてあった魔

法を与えるつもりが、兄ちゃんに馴染みすぎて魔法を与えるだけじゃなくて、製作者自身まで与えちまったらしい。神ってのは言わば強大な魔法の塊みたいなもんだからなあ。おれの力の残滓を辿って、人型から出たばかりのおれ自身まで取り込まれちまったんだろう]


 脳内で説明するおっさん。しかし、聞き捨てならない言葉があった。


「神? だれが」


[おれだよ、おれ。言ったじゃねえか、パフパフパブで]


 全然覚えてなかった。ちょっと偉い人、くらいの話だと思って聞き流してしまっていたらしい。


[兄ちゃん、夢中で熱中してたもんなあ……]


 返す言葉もなかった。ただ黙るのもシャクなので、誤魔化してみる。


「そんな事より、どうしてくれるんですかこれ。僕、このままじゃ死刑ですよ。あそこで臓器抜き取られるより始末悪いじゃないですか。世界的犯罪者……異世界的犯罪者になっちゃったじゃないですか」


 おっさんは、心の中でため息をつく。僕の心の中に、加齢臭が漂った気が、した。


[あのな、心読めてんだぞこの野郎。お前口で色々言いながら、おっぱい思い出してるだけじゃねえか]


 ……。無視を決め込んでいると、おっさんの申し訳無さそうな声が聞こえた。

[はあ、でも兄ちゃん殺されないようにと思ってやったことが、裏目に出ちまった事は事実だな。おれはずっと研究ばっかりしてたせいで今の世の事情に疎いからよ]

まああの場は助かったよね、あの場は。

[だがくれてやった魔法さえありゃ、世界の一つや二つは兄ちゃんがモノに出来るぞ?]

世界をモノに出来る……?


 思わず僕は尋ねる。

「そもそも魔法の事、何も聞いてないんだけど」

[ああそうだ。言ってなかったよな。お前にやったのはな]


 僕はごくりと、唾を飲む。

おっさんは、たっぷり三十秒はもったいつけてから、誇らしげに言った。


[タンスの角に足の小指をぶつけた時の痛みを、自在に与えられる魔法だ]


 僕はずるりと、その場に崩れ落ちた。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

緑葉の月


初代魔王閣下の操る魔法は、唯一にして絶対のものだった。

何人もその攻撃を耐える事も、避ける事も出来ないと言われている。

初代魔王が痛撃の魔王、ペイン・ブリンガーと呼ばれる所以である。

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