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 線路の両脇を照らす灯りが、轟音と震動に置き去りにされていく。

速度を増した機関車の後方には、ミニチュアのように小さくなったホテル街があった。

あれほど煌びやかだったクリスタルの灯りも、今では蛍の光のように頼りなげになっている。


 先ほどから念の為周りを警戒しているものの、脅威になりそうな影はない。

追っ手も、最大速度で走り出した蒸気機関車を追うつもりはないんだろう。

いや……追う事が出来ないと言ったほうが正確かもしれない。


 この世界では、集団で蒸気機関車を追う手段が存在しない。

移動によく使われるのは、馬車程度だ。

何らかの魔法の使い手であれば追う事は出来るし、もちろん追いつけるケースはいくつか存在する。

しかし、単身で追いついた所でどうするというのだ。

ただ一人でこの魔人と、そして魔王になるべく男を相手取るような猛者がいると言うのか。


 魔人さんは、そんな意味の説明を僕にしてくれたらしい。

でも、実の所あまり頭に入ってこなかった。

アフロが気になって。



 夜の風は程よく冷えていて、激しい運動をした体には心地いい……

なんてことはなかった。

寒い。汗が冷えて、寒かった。

薄手のカーディガンで出来るだけ体を覆うようにしながら、僕は流れていく灯りを眺めてぼんやりと思う。

本当は今頃、家に帰ってる予定だったのにな。



「どうした、すぐる」

気遣うような、声がした。

いつのまにか隣には、僕と同じように膝を抱いたミリアさんがいる。


 せっかくこっそり暗い感じだそうと思って皆から離れたのになあ。

[だからじゃないんですかねえぇ? 目についたんだろ、兄ちゃんがしょげてんの。チッ]

そりゃ色々とげんなりするってば。

[いいから早くあっちに答えてやれよ、心配されちまうぞ。クソが]

それもそうだね。

[あれ。おい、怒んねえのか? 『言葉がらんぼーだよ、おっさん』とか何とか]

うん、今はいいや。また今度ね。

[……]



「すぐる……?」

返事がない事で、心配させてしまったようだ。

「あー……うん。こんな事にならなきゃ、今頃は自分の家についてる頃かなあって思って」

「家、か。すぐるの世界はどんな所なんだ? 外世界の事はほとんど知らなくてな」

ミリアさんはそういうと、少し目を輝かせる。

まるでおとぎ話を期待する小さな子みたいだ。


 でも、ある意味間違っていないかもしれない。

彼女たちから僕達の世界に行く事は、法律で禁止されている。

きっとミリアさんたちにとっては、僕達の世界はおとぎ話の国のようなものなんだ。

憧れに似た気持ちを持っていても、おかしくない。

「ああ……こっちから僕たちの世界には行けないんだよね。えっとね、もっと沢山の国があって、色んな文化があって、でも魔法はない。戦争中の国もあるけど、僕の国はすごく平和だよ。平和ボケ、何て言葉が出来るくらい平和」

「……やはり聞いただけではうまく想像が出来ないな。すぐるは向こうの世界では何をしていたんだ? 平民ではなさそうだ。処刑人か?」


「えっ!?」

予想外の答えに、僕は思わずミリアさんを振り向く。

どうやら今回は例の天然が炸裂した訳ではないらしい。

悪巧みが成功した、子供のような顔をして僕を見ていた。


「ふふ、冗談だ。暗い顔をしていたからな」

からかわれわけね。なんだか、悔しい。

でも、心なしか胸の中にあった憂鬱さは晴れた気がした。

「ミリアさんも冗談なんて言うんだね、ちょっと意外」

「どういう意味だそれは……まあいい。で、向こうでは何をしていたんだ?」

「学生だよ。学校の休みを使って旅行に来たんだ。あ、バイトは色々してたな。それと……」



「ご主人様っ!」

げ。来た。

何でいつも会話の邪魔をするんだろうハチは。

「お疲れでしょう、キーパーズが追ってくる気配もないので中で休んでください! 幸い運ばれている荷の中に食糧がありました!」


 ご飯か。なら話は別だぞ。

「うむ、御苦労。案内してくれたまえ」

すぐさま僕は立ち上がった。

[見事な掌返しだな、兄ちゃん]

だってご飯だよご飯。

出来れば草じゃないのがいいな……。


「何だ、腹を空かせて元気がなかったのか? 貨物車の中にもぐりこめば少しは寒さも紛れるだろう。続きは中で聞かせてくれ」

ミリアさんが隣に並びながら言う。


 なんか誤解されてるんだけど。

ほんとに郷愁の念に駆られていたんですけども。

[諦めろ。腹減って元気ないようにしか、もう見えねえ]

これじゃただのくいしんぼう……。

[諦めろ。実際、兄ちゃん頭の中食い物の事で一杯じゃねえか]

ばれてた。

常におっさんに心をのぞかれてるってストレスだけで、僕辛くて生きていけないんだけど。

  

「ところでさ、ハチ」

「なんでしょう」

前を歩くハチが振り返る。

「食糧って、何があったの?」

「豆です」


 嘘でしょ。

「他には?」

「ありません。豆だけです。……あの、どうか致しましたかご主人様」

ハチの返事に思わず体の力が抜けていく。


 動物性蛋白質と米が欲しい。ラーメンが食べたい。ハンバーガーも欲しい。

豆って。豆だけって。

僕はその後、幽鬼のようにふらふらとハチ達についていき、ほぼ作業的に大豆サイズの豆をぽりぽりと齧り、そして不貞寝した。




**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

緑葉の月


初代魔王閣下は、食を尊んだ。

決して民を飢えさせてはならぬと、食料の供給や備蓄に関しては配慮を欠かさず、また食を軽んじるものがあれば例えそれが重臣であったとしても厳しく叱責を浴びせた。

食物の枯渇を招いた際の魔王閣下の怒りは、宮廷を揺るがす程であった。

怒りに呼応するかのように雷雲が三日宮廷を覆い、臣民は不安の中眠る事が出来なかったと言われている。


巫女が献上するサタン・グラスを受け取る際などは、閣下は感動のあまり嗚咽交じりの涙を流したほどであった。

閣下の食に対するお心は、下民たる我々の理解の及ぶ範疇ではないのだろう。


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