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西へ

 さっき、空から結構な数の追っ手を倒したつもりだった。

それなのに後ろから迫るキーパーズの数は、ちっとも減ったようには見えない。

周囲が明るく照らされているせいもあるだろうけど、むしろさっきより多く感じるほどだった。

「くっ! やはり追っ手がっ」

「先を急ぐぞ、すぐる」

慌ててハチが僕を担ぎ上げ、屋根の縁に足を掛けた。

隣にはミリアさんもいる。


 でも追っ手は、そんなに気にしなくてもいいと思うんだよね。

まだまだ、魔人さんの魔法のおかげで周囲は明るいままだ。

僕はハチの肩に担がれたまま、地上や建物の屋根から集まってくるキーパーズ達を見て、思う。

邪魔をするな、と。

迫りつつあった男たちは例外なく、地に伏せる。

再び、大勢の絶叫が響き渡った。


「これは……一掃とは、さすがご主人様です! さあ、では目標地点へ向かいましょうっ!」

ハチが僕を抱えたまま、屋根から飛び降りる。

「駄犬、まっすぐだぞ、間違えるなよ!」

「どう間違えろと言うのだ、雌犬めっ!」

二人は声を掛け合いながら、線路に向けてまた走り出した。


 ただ、安心はまだ出来ない。

この騒ぎを聞きつけてまた増援は来るだろう。

不自然な明りに、轟く悲鳴。

この辺りで騒ぎが起きている事は感付かれていると思った方がいいだろう。



 肩に担がれて走る、と言うのは思いのほかしんどかった。

ハチが体を揺らす度に、ハチの肩が僕の鳩尾に食い込む。

それに、どうやら魔法の効果が切れてきているようだった。

[そうだなあ、もうすぐまた真っ暗になっちまいそうだ。この分だと目標の場所まではもたねえぞ]

これはまずい。まずいですよ。


 僕達が今走っている場所は、ホテル街を抜けた最後の直線だ。

この辺りはぽつぽつと倉庫やお店のような建物があるだけで、街灯もほとんど周りにはない。

それに、地上からだと物陰に隠れた追っ手は見えにくかった。

姿を見せたキーパーズはその都度ペインで振り払ってるけど、追跡は変わらず執拗に続いている。



 ――ボオオオオオッ!


 先程より近くで、はっきりと汽笛が聞こえた。

前方を走っていたミリアさんが振り返り、叫ぶ。

「すぐる、もうすぐだぞ! この分なら無事乗り込めそうだ!」

その叫びは途中から、声だけしか聞こえなかった。

辺りが再び、暗闇に包まれていた。


「くっ! 魔法が切れたかっ」

ミリアさんの焦ったような声が前から聞こえる。

「ご主人様、ご安心下さい! この先に見える光は、線路を照らすためのクリスタル光でしょう!」

と言われても僕、肩に担がれてるので前はあまりよく見えません。

目標が分かりやすいのはいいけど、僕はたった今から役立たずです。

頑張れ、ハチ。


 僕が全てをハチに託そうとしたその時。

「ふむ。ハチよ、スグルをこちらへ投げろ」

暗闇から、聞きなれた声がした。

「グレンザムさん? 無事だったの?」

あと投げろってどういうこと。

肩に担いだ米俵だって投げつけたりはしないよ?

「うむ。ハチよ、急げ。キーパーズが周りを包囲している、スグルは私が預かろう」

そう言う事ね。

やっぱり、この暗闇に乗じて周りを固めるつもりなのか。


 納得する僕をハチは両手で抱え上げ、

「わかったっ! グレンザム、ご主人様は任せた……ぞっ!」

魔人さんの声がしたほうに放り投げる。

「あー……」

正直、もう悲鳴を出すのもめんどくさかった。

[……はあ。真面目にやれってんだよ。なんですぐめんどくさがるんだ。悪い癖だぞ、兄ちゃん]

真面目に悲鳴あげるって、なに。

大丈夫でしょう、ハチならきっと魔人さんがいるほうにちゃんと投げてくれてるはずだよ。

この投げつけられた感覚だけは、一生忘れないけど。


 と、空を放物線上に飛んでいたであろう体ががしっと受け止められる。

「よし。落としてすまなかったな、スグル」

抱きかかえながら話す声は、魔人さんのものだった。

ほらね、やっぱり大丈夫だった。

「ふむ。では行こう。急ぐからな、しっかり捕まれ」

「わかっああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

前言撤回。全然大丈夫じゃない。

魔人さんは僕が捕まるのも待たず、ものすごい勢いで前に飛び出した。


 これ……空飛んでるのとは違うみたい。

一気に加速して飛び上がって、落ちたらまた飛んでを繰り返してるみたいだ。

[お、さすがにもう慣れたかよ。そうだなあ、こりゃ飛ぶってより跳ねるって感じだな]

「むむ。やはり少し体に負担が掛かるか、すまぬ。空を飛ぶよりこちらの方が早いのでな」

不安が伝わってしまっていたようだ。

僕が無事逃げる為の旅なのに。僕は慌てて、首を振る。


「うむ。スグル、見えたぞ」

魔人さんの声と共に、僕達は何度目か分からない急加速をする。

目を凝らしても真っ暗で何も見えないけど、きっと魔人さんのことだから夜目も利くんだろう。

「ふむ。前にも幾人か待ち構えているか。少し、急ぐ」

え。

これ以上ですか。


「ハチ! 敵が前にいるが構わずに目標地点へ急げ!」

魔人さんが前を走っているらしいハチに向かい、声を張り上げた。

そして、一瞬の溜めの後に今までにない急加速が僕を襲う。

「……ぁっ」

もう、悲鳴を出す気にもならなかった。



 ――キキキイィィッ!


 灯りにほのかに照らされた艶のない鉄色の塊が、うっすら見えた。

あれが目的の貨物車だろう。

車輪を締め付けた軋みと耳障りな音は、目標地点の接近を示していた。

見る見る、貨物車が大きくなる。

機関車は、動力部らしい長円形の先頭車両の両脇から白い煙を吐き出していた。


 既にしっかり車体が見える位置まで、僕達は接近していた。

後方に続く貨物列車がおぼろげに視界に入りだした辺りで、また僕の体は重力に従って落下していく。

「ふむ。最後だ、跳ぶぞっ」

減速しきった機関車に向けて、魔人さんの体は再び飛び上がる。

いつの間にか追い越していたらしく、後方にはハチ達の姿があった。

二人も無事に追跡を振り切って、こちらへ向かっている。

安堵の息と共に、僕を抱えた魔人さんの両足が貨物車の上に降りた。


 徐々に機関車はそのスピードを上げていく。

三両ほど後ろの貨物車にハチ達が乗り込んだ頃には、追っ手は追跡を諦めその足をとめたようだった。

こうして僕達の西部脱出は、無事に終えたのだった。


「ところで、グレンザムさん」

「ふむ。何だ、スグルよ」

線路脇の灯りで照らされてから、実はずっと僕の視線はあるところに釘付けだった。

「髪型、そんなだったっけ?」

スピードが出始めた車両の上は、かなり風が強い。

それなのに、本来ならなびいているであろう魔人さんの髪はずっとふわふわ揺れるだけだった。

魔人さんの髪型、いつのまにかアフロになっていた。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

緑葉の月


暴虐の限りを尽くす旧ブガニアは、恐れ多くも魔王閣下を追い続ける。

しかし、遂にその手は届く事はなかった。

初代魔王閣下とその従者は辛くも追跡を逃れ、【西方の紅蓮】と共に打倒旧ブガニアを誓う。

王の覇道は、西より始まった。


尚、一部の地方の初代魔王を称える祭りでは、神輿を持つ男衆の頭部には決まった髪形の被り物をする。

これは、魔王閣下脱出の際の従者の様子を由来としているらしい。

2017/2/22

四章、ここで完結となります。


話的にも今日の投稿分でひと段落です。

作品について何か声をかけてもらえることは例え批判的なものでも嬉しいので、もしよろしければご意見や感想など頂戴出来れば幸いです!


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