落下
魔人さんの暴走した魔力で、僕は前方に吹き飛ばされていた。
勢いよく落ちているせいで、うまく呼吸が出来ない。
「っひいいいぃぃぃっ」
ひきつった悲鳴が、思わず口から漏れる。
さっきの魔法はまだ効果が続いているらしく、未だに空は明るい。
あちこちに浮かんでいる小さなオレンジ色の光は、あの魔法で出たものなんだろう。
目についたキーパーズはまとめて倒せたようで、それだけが救いだった。
「ひっ……ひゅいいいいぃぃ」
ただ、僕は死にそうだった。
[そうだな、無駄に落ち着いたフリしてナレーションしてる場合じゃねえな。このままだと兄ちゃん、パシャっと赤くはじけるぞ]
結構高いところ飛んでたもんなあ。
そうだよね、僕はじけちゃうよね。はじけ……
「!! ……ひいいいいいぃぃぃぃ」
あ、やばい。地面近い。
本格的な命の危険が、僕に迫っていた。
参ったね。
[余裕じゃねえか]
いやあ。
だって見てよ、下。
「ご主人様!!」
ワーウルフの姿になったハチが、すっごい目をキラキラさせて待ってるよ。
あの手の広げ方だと、受け止めてくれそう。
[口からよだれ溢れてるのは、見ないふりするんだな]
……言わないで。
「ごっ主人さっまあぁぁぁ!」
口からよだれを垂らしつつ、ハチは僕を受け止めようと地上でうろうろ微調整している。
はあ、あそこに落ちるの嫌だなあ。
でも死ぬよりはいい。
例えべっとべとになってもだ。
「ぐぇっ」
しかし僕の覚悟は、首が絞まる衝撃で打ち砕かれた。
「無事か、すぐる」
聞き覚えのある声と共に、カーディガンの襟首をつまみ上げられるような感覚。
「ぶん。ばりがぼう(うん、ありがとう)」
プラプラと揺れる足が、律儀に礼を言う僕の首を更に締め付ける。
必死に首を背後に巡らすと、二階建ての宿屋の屋根からミリアさんが器用に大鎌の刃先で僕を吊るしていた。
もうちょっと丁寧に助けてくれてもいいと、僕思うな。
「ふう、危ないところだったな。それと、助かった」
あの……僕は変わらず命の危機なんですけど。
さも危機一髪だったようにミリアさんは言うけど、僕の首は変わらず締まっていた。
「グレンザムも落ちたようだが、あの男なら無事だろう」
こっちは無事じゃない。
段々、意識が遠のいてくる。
下ろして。僕を下ろして。
「この明るさは、グレンザムの涙魔法か。追っ手が集まってくる。先を急ごう」
僕は先を急ぎすぎて人生を終えそうです、ミリアさん。
ぼんやりと、綺麗な花畑が見えてきた。
助けて……この天然、命に関わるよ……。
「なっ!? 雌犬、ご主人様を下ろせっ! はやくっ」
切迫したようなハチの声が、ぼんやりし始めた僕の耳に飛び込む。
地上から屋根に駆け上がってきたようだ。
「……え? あっ」
さも今気付いた、という様子でミリアさんが僕の体を屋根に下ろした。
「げほっ、げほっ……」
首の締め付けが緩み、体が必死に酸素を取り込もうとする。
必死に呼吸を整える僕の内心は、ハチが救世主に見えなくもないような、でも見えないような、そんな複雑な気持ちだった。
[いいから素直に感謝しとけよ。それにしても、綺麗な花畑だったなあ]
え。そんな情報まで共有出来るの。
――オオオオ。
遠くから、今まで聞こえなかった音が聞こえた気がした。
これは……汽笛?
「まずいな、先を急がねば」
「ご主人様、すぐ向かいましょう。後はここを真っ直ぐ駆け抜けるだけです」
ミリアさんとハチが、前方を見ながら言う。
機関車が近くに迫っているようだ。
「グレンザムさんは?」
「すぐ追いつくでしょう。ご主人様、走れますか?」
ハチが、心配そうに見つめてくる。
「大丈夫。でもさすがにここからは降りれないから、下ろして欲しいかな」
「畏まりましたっ! では早速、私めの……」
再びハチが両手を広げ、僕に抱きつこうとしたその時。
「いたぞ、あそこだっ!」
後方から、再びキーパーズの群れが追ってきていた。
**『ミリ様を崇める集い』会報より抜粋**
※この書物は、初代魔王の訪れとほぼ同時期に立ち上げられた新興宗教の経典ではないかとされている。
何らかの信仰対象を奉っていたようだが、現代では理解出来ない表現が多々見られ、解読は困難。
幾多の歴史家が解読に挑んだが、芳しい結果は得られていない。
――――以下引用
ミリ様ファンクラブ会則
一つ。ファンはファンたる立場を守るべし。決してミリ様を独占してはならない。
一つ。ミリ様は照れ屋である。よって、ファンクラブの存在を知られたもの、死刑。
一つ。ミリ様は大変真面目であらせられる。反社会勢力に所属しているものの入会は認めない。
一つ。半径一メートル以内に近寄る場合は、必ず出来る限りの警戒をする事。ミリ様は天然であらせられる。




