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灯り

 はあ、はあ、はあ。

激しい運動と緊迫した局面で、自分の口から漏れる吐息は荒くなる一方だった。

ご主人様が援護をしてくれているようだが、キーパーズの追跡は決して緩まる事はない。

「……駄犬っ!  次の角をっ……左だぞっ! 間違えるなよっ!」

後ろから叫ぶ雌犬も、声から察するにかなり体力を消耗しているようだ。

ただねじ伏せればいいだけなら望むところだが、追っ手の相手をしている時間はない。

乗り込むチャンスは、機関車が速度を緩める僅かな一瞬。

駆けるこの四肢を、止めてはならぬ。

その焦燥が、更に体に負担を与えるようだった。


「ぎゃあああああっ」

「ぐああああああっ」

周囲に駆け寄る男達が、絶叫と共に倒れていく。

自身の崇める主君が変わらず力を割いてくれている。

それだけで、体に力が漲る。

しかし、いかんせん数が多すぎた。

倒れる追っ手が増える度に、追跡の手は強まっている。


「……はあ、はあっ。そこを右、……右だぞっ!」

また、雌犬の声。

言われるまでもなかった。

道順はしっかり脳内に刻み込まれている。

先ほどは少し右と左がわからなくなっただけだ。

決して、いつも分からない訳ではない。

決して。


「痛ってえええええええ」

前方から迫っていた男が、またもんどりを打って転げる。

安っぽい作りの宿を、右……いや左に。

ここを曲がれば、機関車が減速するカーブが見えてくるはずだ。


「……やはり容易くは生かせてくれぬか」

思わず愚痴が口をつく。

薄暗く細い路地の先からは、道を塞ごうと詰め掛ける男達の汗の臭いがした。



◆◆◆◆◆◆


「ふむ。先を読まれたようだな」

後ろから聞こえた魔人さんの声は、緊張感に溢れていた。

ホテル街を抜ける最後の角を越えたハチの前には、群がるキーパーズで壁が出来ている。

しかし、援護をしようにもあまりにも数が多すぎた。

外灯が途絶え、宿の明りも乏しくなりつつある。

これじゃあ、せっかくの魔法ペインも生かしきれない。


 遂に、ハチ達の足が完全に止まった。

視界に収まる範囲はなんとか援護が出来るものの、暗がりに溢れる追っ手にまでは手が届かない。

「むむ。そろそろ時間だ。ここで足止めを食っていては……」

そう。ここで足止めを食うわけにはいかない。

貨物車はここを逃せば、しばらくないらしい。

でも、このままじゃ……。


「……スグルよ。明りがあれば、周囲の敵は蹴散らせるか」

何かを決意したように魔人さんが言う。

「うん! でも、ここから先は真っ暗で見えないよ!」

風を切る音に負けないよう、僕は大声で魔人さんに答える。

「ふむ……。ならば、私が何とかしようではないか。リスクはあるが、背に腹は変えられまい」

魔人さんには、何か考えがあるようだ。

僕は首だけ動かして、魔人さんに一つ頷く。

このままじゃハチ達が逃げ切れない。

皆で逃げ切るんだ。なんとしても。


 僕が頷くと、背中が熱くなったような気がした。

「……っ。……」

背後では、何かを唱えるように魔人さんが呟いている。

「……照らせ、光よっ」

叫ぶように、魔人さんの声がした。

途端に、周囲が暖かな光に包まれる。

夜だと言うのに、それはまるで春の日差しのように喉かで暖かだった。


 突然現れた光で、今まで見えなかった追っ手の姿が照らし出される。

よく見ると、前後左右からキーパーズ達が押し寄せていた。

圧倒的な物量だが、目で認識さえ出来ればそれは脅威ではなくなる。

さあ、痛みに打ち震えろ。

拒む事の出来ない、絶望的な痛みに。

目に、力を込める。

もうお馴染みの、魔法ペインの発動する感覚が走った。


「びゃああああああああっ」

「っ! つああああああああああっ」

「マジ無理。ほんとこれ無理」

「おっしゃああああああああああっ」

対象が今までの非ではない分、すさまじい絶叫が響き渡る。

ハチ達を包囲しつつあった肉の壁に、ほころびが出来た。

目ざとくそれを見つけたハチとミリアさんが、狭い路地裏を走る。

よし、後はカーブへ向かって駆け抜けるだけだ。


「ふむ。無事のようだな。スグルよ、あそこを見てみろ」

頭上で、魔人さんが前方を指差す。

指し示す先には、ほのかに蒸気が見える。

「あれに飛び乗る。何とか間に合いそうだな」

少し安堵した様子で、魔人さんが言った。


「むむ。所で、スグルよ。一つ言わねばならぬことがある」

「ん? どうしたの? グレンザムさん」

再び少し強張った声の魔人さんに、大声で僕は尋ね返す。

「うむ。実はな。今、涙魔法を使ったせいで体内の魔力が暴走している。苦手なのだ、魔法は」

ほう。

そういえばそんな事言ってたね。

すさまじく、悪い予感がするんだけど。


「でな。間もなく、私の体は暴走する魔力で爆発するだろう。なあに、私の体が爆散する訳ではない」

なるほど。

これはまずい。

「ただ。激しい衝撃と共に、羽を生やす変態は解除される」

うんうん。

つまり。

「つまり。落とさぬ約束を、したな。あれは、守れぬ。間もなく墜落する」

冷や汗が流れる間もなく、僕の体はすさまじい衝撃に見舞われた。



**ブガニア新聞より抜粋**


創立暦三十四年 八月十五日 朝刊


『テロ行為、相次ぐ』

首都ブガニア西部、トワシ駅近郊で昨夜、激しい光が確認された。

駅近辺は国営カジノを目的とした観光客で賑わっており、光が観測されたのはこの観光客向けのホテルが多数建つ地域である。

宿泊客の話では、争うような物音の後に突然日中のような明りが発生し、次いでこの世の終わりのような悲鳴が響き渡ったとの事。

キーパーズは、数日前から続くテロ行為に関わりがあるものとし、調査を進めている。


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