倉庫
僕らを包んでいた魔法光が、徐々に治まっていく。
覆う空気は土の湿った匂いから、埃とカビの匂いに変わっていたた。
薄汚れた窓からは、陽の光が覗いている。
ボロボロの薄暗い室内。
ここがおひげさんから聞いた、トワシ駅近くの使われていない倉庫で間違いないだろう。
どうやらドロップスでの転移は、成功したらしい。
住宅街で戦いを終えて巣穴に潜ったのが、日の出前くらいだったはず。
しかし、今窓から見える太陽は、もうだいぶ傾いて来ていた。
巣穴での移動は思ったより時間がかかったみたいだ。
どの道、人目につかない夜逃げ出すつもりだったからこれは好都合かもしれない。
エマ姉妹やおひげさんとは、一旦別行動をする事になった。
ついてくるのは構わないけど、西部への移動はすんごく危ない。
何せ僕なんてもうおうちに帰りたいくらいだ。
[いいから先の説明しろよ、おうちに帰る為にも魔王になるんだぜ兄ちゃん]
はあ、また危ない目にあうのかなあ。
やだなあ。
まあいいや。
エマ達はオスタウロス一同と合流しなきゃだし、おひげさんは研究室を引き払う用意もあるらしい。
なので、エマ達の事は僕達が西部についたら呼びに来ることになっている。
『転移の出口になるドロップス』を西部に設置すれば、皆の引っ越しはあっという間に終わるんだって。
行くついで、と言えばそれまでだけど……これさ。
僕達、絶対生き延びないといけない奴だよね。
[まあそうだろうな。パイナは兎も角、ミノタウロス達は犯罪者だ。西部に脱出出来なきゃ、未来はねえわな]
……はあ。
やればいいんでしょ、やれば。
それにしても……もうちょっとましな脱出方法ないのかな。
僕、ものすごく気が進まないんだけど。
[諦めがわりいなあ、兄ちゃん。そういう話で決まったろ?]
考えが甘かったなあ。
指名手配犯が普通に機関車に乗れる訳がない事、忘れてたよ。
「グレンザム、ご主人様を頼むぞ」
「うむ。貴様らも乗り遅れぬようにな。機関車に飛び乗るタイミングを間違えるなよ」
僕がげんなりしている脇で、ハチとグレンザムさんがちょうど打ちあわせを終えたみたい。
そう。機関車で西部に抜けるには、突っ走る機関車に飛び乗るしか方法がないんだって。
ハチとミリアさんは身軽さを生かして地上から。
僕は……またグレンザムさんと空飛ばなきゃ行けないらしいです。
「どうした、すぐる。顔色が悪いぞ? さすがに疲れたか」
よっぽど嫌そうな顔をしていたのか、ミリアさんが心配そうな顔をしている。
「ああ……空を飛ぶのがちょっとね。でも僕、皆みたいに早く動けないししょうがないよ」
「なるほど。怖いのか」
「まあ、正直に言えば……ハイ」
僕の返事を聞いたミリアさんは、可笑しそうに首をかしげて僕を見る。
「ふふふ、すまない。魔人とウルフヘジンを連れて歩く男が、怖がっているのが意外でな。そうか、魔王になる男が怖いか……くっくっく」
必死に笑いを堪えてるんだろうけど……バレバレです。
ミリアさんは僕が照れる姿を見てまた、おかしそうに笑っていた。
「ふむ。追っ手が掛かる事は想定しておいた方がいい。スグルのペインがあればそう危険はないと思うが、機関車に乗り遅れてしまえば西へ逃げるのは更に厳しくなるだろう。スグル何とか、耐えてくれ」
話が聞こえていたのか、魔人さんも寄ってきた。
「ご主人様、ご安心下さい! もし落ちても、このハチがしっかりと受け止めてみせましょうっ!」
ハチは何が嬉しいのか、竜巻を起こしそうな勢いで尻尾を振っている。
ちなみに、ここを抜け出す時もこの姿で行くらしい。
満月でもないのにワーウルフになってたら目立つんだって。
「……グレンザムさん、絶対落とさないでね」
ハチに受け止められたら何されるかわかったもんじゃない。
僕は魔人さんに、心からの願いを込めて頼み込んだ。
出発は、日が暮れてからに決まった。
◆◆◆◆◆◆
――同時刻、トワシ駅。
ここには、死刑囚の脱獄を追う保安部の警備が配置されている。
その数、二千人。
魔人及びハチ、ミリアが行動を共にしているとの情報が、商会からもたらされた為だ。
首都ブガニアを出る最後の駅、トワシ駅。
夜更けの逃走劇が、これから幕を開けようとしていた。
**月刊漢のスチームより抜粋**
魔法蒸気機関車は、ブガニア連邦王国唯一の公共鉄道だ。
この機関車は貨物輸送の他、国民の移動手段として大きく貢献している。
線路は東部の端ボナメアから、西部開拓の先端ウェナ駅まで、王国領土をほぼ横断する。
速度は八十%の積載量時で最高八十km。
動力は、複数の専属触媒師により生み出された蒸気である。




