髭
いや待て僕。
『おひげさん』が変質者だと決めつけるのは早い。
いくら僕が元いた世界にはあふれている存在だからといって、こちらでもあふれていることにはならない。
もしかしたらただの濡れ衣を『おひげさん』に着せてしまっているのかもしれないっ……。
どうでもいいけど。
[だろうな。ま、そのチビちゃんに聞いてみたらわかるんじゃねえの?]
じゃあ、そうしますか。
そういう訳で、早速聴取を執り行うことにした。
「ながくて、しろいおようふくきてるの!」
うんうん。
「でねでね、いーものみせてあげるよっていつもいうの!」
ほうほう。
「ユマのこと、かわいいねってすっごくほめてくれるんだよ!」
なるほど。
姉に抱かれたままのユマの話を聞いて、大体わかった。
髭を生やした白衣姿の男性が、幼女をひたすらかわいがってどこかへ連れて行こうとしてるんだな。
とは言え、小さい子の話だ。最終確認がいるな。
「エマ、変質者がいるってことでいいの?」
「ああ、そうだ。何故かオレから逃げてるらしくてな。見つかったらどうなるか、よくわかってるらしいぜ」
幼い妹を抱くエマの姿は、何だか黒ずんだオーラで満たされている。
うん、有罪だね。
何もしてなくても、有罪。決めた。
とは言え、そんな変質者に構っている暇はない。
忘れてはいけない。僕達は追われているんだ。
西部への脱出が早ければ、きっとそれに越した事はない。
ユマちゃんを狙う変質者のいる場所はどうやらわかっているようだし、うまい事迂回して先を急ごう。
「おやおや、ユマちゃんじゃないでやすか! またお姉ちゃんから逃げて来たんで?」
おや。
あの白衣きたチビの泥棒ヒゲ、だれだろう。
「おひげさん!!」
あれがおひげさんか。
確かにヒゲだけど、なんかロリコンって感じじゃないな。
まあいいや、見て思うだけっと。
「ぎゃひいいいいいいいいいいいいいいいいい! でやす」
ペインを受けておひげさんがのた打ち回りだす。
痛そうだなあ。
[……ここまで問答無用を体言してるやつはじめてみたぜ]
僕は悲鳴にまで語尾入れる人、初めてだよ。
その後、おひげさんの無罪はなんとか晴らされた。
ユマちゃんが言うには、よく遊んでもらっていたらしい。
何だよ紛らわしい。
エマなんて転げまわるおひげさんにとどめを刺す気満々だったよ。
「な、なんでやすか今の痛み」
痛みが落ち着いてきたらしく、土がついた白衣をはたきながらおひげさんは立ち上がった。
「あ? ああ、痛てえよな。それは、そこのもやしの魔法だ」
「うむ。私も受けた事があるが、あれは痛かった」
「ご主人様の与える痛みからは、何者も逃れなれないのだっ!」
「魔法!? 魔法光なんてどこにもなかったでやすが……」
なんか被害者の会みたいなのが出来てる。
言っとくけどおひげさん以外は、僕の命に関わるからやむを得なかったんだよ。
それにしても、確かにペインは光ったりしないね。
これって珍しいの?
[何度も説明してるのに、本当に聞いてねえんだな兄ちゃん。いいか、この魔法はおれの最高傑作だ! 魔法光がないから相手に察知もされねえ、発動は視覚情報と意識に直結した超感度、超速度を実現! 更に、段階を追って能力が増える、レベルアップ機能付き! 兄ちゃんにくれてやった賢者の涙はな、すさまじいレアもんなんだぞ!]
ふーん。ここまで引っ張ってそんなもんなんだね。
[何だその態度は。何が気に入らない。おじさんそろそろ怒るよ? 何が気に入らねえか言ってみろよ]
ははっ。怒りたいのはこっちですよ。
効果、なんだっけ。
[タンスの角に小指をぶつけた痛みを与える、だ!]
それ。地味。
ついでに発光しないから悟られないとか、見て思うだけで素早く発動可能、とか。
その特性も、地味。
[……グス]
もう少し、いろんな意味でカッコつく奴を作りなよ。
「おい……おい、もやし、聞いてんのか?」
おや。エマが呼んでる。
「ごめん、考え事してた。どうしたの?」
「このヒゲが、聞きたいことあるんだってよ」
ちょいちょい、とエマの胸のあたりまでしか背がないおひげさんを指差していた。
「あたしゃ、パイナってもんで。その魔法、どこで手に入れたでやすか。詳しく話を聞かせてほしいでやす。礼ならします、きっと役に立つでやす」
おひげさんが、真剣な顔つきで僕を見ていた。
**初級魔法入門より抜粋**
続けて、②の涙魔法について説明をしていく。
と言っても、初級講座、中級講座で涙魔法に触れる機会は全くと言っていいほどない。
涙魔法は触媒を必要としない特殊な魔法で、使用する為には『賢者の涙』を手に入れる必要がある。
希少な『賢者の涙』を手に入れ、尚且つ『賢者の涙』に込められた涙魔法に適合したものだけが、涙魔法を使用する権利を得る事が出来るのだ。
尚、使用者は専用の講習を受講し、免許を取得する必要があるので注意する事。




