脳筋
僕達は再び、巣穴の中にいた。
住宅地の一戦の後、ユマちゃんが意識を取り戻す間に話し合った結果だった。
巣穴を使って首都ブガニアから南西のビナージ村まで抜けるのは、皆の見解では時間的にも状況的も難しい。
既に僕達は、逃げている姿を見られている。これは、キーパーズの行動を早める理由に充分なるらしい。
まあ「どこにいるのかわからないから探す」、と「あっちの方にいたぞ」じゃ追跡のしやすさは全然違うよね。
それと、あの黒い服の集団。
『商会』の奴等が追って来ているのも、どうやら予想外だったようだ。
かなりやっかいなんだってさ。
じゃあ何故、また巣穴にいるのか。
正確に言えば僕達は今、前に使っていた巣穴とは別のルートを通って機関車を目指していた。
僕はここに高らかに宣言する。
魔法少女は実在した。異世界には、本当に魔法少女がいたんだ。
[少女ってか、幼女だけどな。でも確かにすげえ。大したもんだぜ]
おっさんも思わず感心する。
何がすごいって、ユマちゃんがすごかった。
魔法幼女ユマちゃんは今、僕と手をつないで元気にてくてく歩いている。
「おにたん、つぎはあっち!」
お昼寝から寝覚めたあとの子供の元気さ、恐ろしい。
僕は腕を引かれるがままに、疲れた体にムチ打って進むと、ユマちゃんは通路のかべにぺたっと手をつけた。
触れた場所にもう見慣れた魔法光が光る。
光が消えた後には、土が寄せ動いて出来た新たな道への通路が出来ていた。
ユマちゃんは、先ほどからこうして普段のやんちゃ振りを生かして、僕達を案内してくれていた。
魔人さんも、これには先ほどから唸ってばかりだ。
こんなに上手に土魔法を扱える人は、軍人でも中々いないらしい。
「うむ、大変な使い手になるかもしれぬ」
「だろ? ……まあ、おかげで今から手を焼いてんだけどな」
褒める魔人さんに、エマが少し複雑そうな顔で頷く。
「わたしは触媒魔法は最低限しか使えない。立派なものだな、この子は」
お。ミリアさんも追跡魔法以外は得意じゃないのか。
そう言えばハチが魔法を使ってる所は見た事ないな。
「ねえハチさ」
相変わらず大きな犬の姿で後ろを歩いてるハチに、僕は話しかける。
「はいっ! 何でしょう、ご主人様っ!」
尻尾をどこかへ飛ばしそうな勢いで、ハチが駆け寄ってきた。
相変わらず気色悪いなあ。
[呼んだの、兄ちゃんだぞ……]
犬の姿だと、近寄ってきてもあんまり嫌な感じしないから助かる。
一生このままの姿でいてくれないかな。
[なあ兄ちゃん、ハチに「オレはお前の味方でいるからな」って伝えてくれない? もう聞いてられねえぜ]
却下。必要ないです。
キラキラとした目でこちらを見るハチに、僕は訊ねる。
「ハチはどんな魔法使えるの?」
あれ。
ハチのキラッキラだった目から光が、消えた。
一気にしょげて顔をそらしたぞコイツ。
「ハチ?」
重ねて、訊ねる僕。
「……た」
すごい小声で答えてくるな。聞こえないんだけど。
もう一度、聞いてみよう。
「え? 聞こえないよ、ハチ」
「初級講習に二十回落ちました」
「低脳か貴様」
うん、そりゃ声も小さくなるよね。
罵倒されて更に激しく尻尾を振り出したハチから、僕はそっと目をそらした。
あれ。ちょっと待てよ。
「魔人さん。魔人さんは、魔法使えるんだよね?」
「むむ。呑んだものの能力は、いくらか使える。涙魔法も、複数所持しているが……私は加減が下手でな、暴発する事もあるので滅多に使わぬ」
そういえば、地下監獄から逃げた後は一度も魔法を使ってるの見てないぞ……。
脳筋のハチに、追跡魔法だけ得意な大鎌お姉さん。
それに、さらっと暴発する恐れがあることが発覚した、魔人さん。
ねえおっさん。
[なんだよ、兄ちゃん]
ペインってさ、見えてないと使えないよね?
[そだぜ。見て思う、それが発動条件だ]
おっさんの返事を聞いて、僕は確信した。
近接特化だ、僕ら。
何だか残念な結果に、内心がっかりする。
せっかく魔法使える異世界なのに、何でこんな近接特化パーティーなんだろう。
**初級魔法入門より抜粋**
初級、中級講習の受講で利用が許可されるのは、触媒魔法のみだ。
初級免許を保持している場合は、利用者の半径一メートル以内で、許可された触媒がある場合のみ触媒魔法の利用が認められる。
中級免許を保持していれば、利用者の半径五十メートル以内で、許可された触媒がある場合のみ触媒魔法の利用が認められる。
この規定の違反者も無免許での魔法使用と同様に厳罰が下されるので、魔法を使用する際は充分に注意して欲しい。




