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係長

 硬質な床を叩く足音が、廊下に響き渡る。

音の主は上下一繋ぎの黒い衣を着た、男だった。

男の名は、コーエン・クライク。

ボナムド商会の係長と呼ばれていた男である。


 彼は今、国家の中枢パイロンの中にいた。

部下にキーパーズへの発見報告を任せた彼は、『取引先』との商談にパイロンを訪れていた。

商会が最初に請け負った依頼は、逃亡した死刑囚の追跡と調査だった。

尚、これには死刑囚の逃亡と同時に姿を消した魔人やプリムステイン家子息の調査も含まれている。

そしてこの依頼は、住宅地の一件で既に『彼らの規定では』解決済みになっていた。


 コーエンは幾何学模様のついた大きな扉の前で、足を止める。

この扉の先に、『取引先』がいた。

王国政府宰相キドルが、これから行う商談の相手だった。



 ――コン、コン、コン。

「どうぞ」

扉を三度叩くと、中から幼い声が答えた。

コーエンは思わず身を正し、扉に手をかける。

扉の先にいる相手が、コーエンはあまり得意ではないのだ。


「失礼します。夜遅くに申し訳ありません、宰相閣下」

「時間を気にしている場合ではない、と思うのです。こちらへおかけ下さい。用件をお伺い出来ますか」

応接椅子を勧めながら、キドルは反対側に腰を下ろす。

「はい、まずはご依頼のあった件についての完了をお伝え致します。それと、誠に申し訳ないのですがお見積もりの見直しをさせて頂きたい」

「予想が当たらなければいい、と思っていたのですが。では、魔人は裏切ったんですね」

キドルはいつものように帽子のふちを弄びながら、言う。

「はい。猟犬とプリムステイン家のご子息も同様かと。更に、死刑囚の存在もあります」

「最悪のケース、だと思うのです。しかし死刑囚……? 彼がどうかしましたか」

「我ら商会暗部の精鋭が、彼に倒されたようです。どうも不審な点が多く、こちらもお見積もりを見直させて頂きたく……」

そう言いながら、コーエンは上質な羊皮紙をそっとキドルへ渡した。


 キドルは、帽子を机の上において羊皮紙を受け取る。

丸められている見積書を広げた彼は、書かれている金額を見て思わず目を見開いた。

「倍以上、だと思うのです。これは、リリアナさんから聞いた『魔人捕獲』の金額を倍以上上回っています。それだけの脅威が、魔人一行にはあると」

「はい。魔人の敵対、プリムステイン家の暴れん坊の敵対、そして優秀な索敵能力を持つ猟犬の敵対。これだけでも充分脅威です。その上、死刑囚の外世界人。彼は不可解であると言わざるを得ません。今お出しした見積書は、20%以上値引きしたものです。本来は魔人を三体捕獲する難度のご依頼かと」

キドルの問いに、コーエンが補足する形で答えた。


「支払いは問題ない、と思うのです。この件に関しては、貴方達の力なくしては難航極まりないでしょう。リリアナさんには僕から話をしておきます。20%の割引も不要なので、本来の金額で見積もり書を提出して頂けますか」

「……宜しいのですか」

思わず、という様子でコーエンが聞き返してしまう。

キドルはいつも、厳しく見積もりを確認してぎりぎりの価格まで値引きを迫っていたからだ。

「僕が値引きを迫らない理由は一つ、だと思うのです」

「つまり、それだけの敵になる、と仰りたいのですね」

「間違いなく、確実に。一つ、注文しても?」

キドルは羊皮紙を脇に避け、また帽子を手に取って言う。

「何でしょう」

「不安要素はなくさなければ、と思うのです。その、死刑囚に倒された人たちの話をよく聞いてみてください。徹底的に」

「……わかりました。何をされたか、細かく確認して報告させて頂きます。では、これで失礼します」


 コーエンは、すぐ行動に取り掛かるべく立ち上がる。

しかし、座ったままのキドルは再び彼に声をかけた。

「どこへ逃げる、と考えていますか」

「そうですね……西か、北。西なら魔人の生まれた場所ですな。仲間がいるかも知れません」

「西、ですか。西には、あの『なりそこない』がいましたね。うまく潰しあってくれれば、楽でいいのですが」

帽子のふちを手で真っ直ぐ伸ばすと頭に乗せ、キドルは言った。



**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**



ブガニア連邦王国の建国は、残念な事にいくらかの犠牲の上に成り立っている。

不届きにも、建国を疎ましく思うものがいたのだ。

ブブガニウス十三世は一刻も早い平定を願って法整備を進め、彼らを取り締まった。

行先に窮した彼らは北の果てへ向かい、やがて王国軍によって平定された。

これは連合王国建国後最後の反乱であり、後に、『ウィスペリアの流血』と呼ばれた。


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