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救出

 意図せず、パタスは後ずさっていた。

己の魔法を使えば、魔人を捕えられるはず。

部下達はあくまでも保険のつもりだった。

それがどうだ。

魔法は通じず、部下はまた一人、狂犬の牙に倒れた。

断じて、こんな状況は想定していなかった。


 歩み寄る魔人に、また一歩勝手に後ろへ進んでしまう。

捕獲はパタスの最も得意とする所だった、はずだった。

何十年も檻に囚われた過去の遺物に、恐れることなど何もないと信じていたのに。

最近開発されたこの涙魔法スタムさえあれば、例え竜種であろうと身動きを封じられていたのに。


 どんどん近寄ってくる魔人。もうあまり猶予はなかった。

思わずパタスの額を、冷や汗が流れる。

しかし、まだ対抗策はある。

魔法光を追って見つけた少女は、部下の一人が抑えているはずだ。

同行者にミノタウロスの女がいる以上、あの少女を追ってグレンザム達は来たのだろう、とパタスは考える。

切り札。パタスにとって、これが最後の切り札だった。


 いつの間にか、魔人が目の前に立っていた。

「ふむ。幼子をこのあたりで見ただろう」

脅威が接近しているはずなのに、パタスは思わずにやける。やはりか、と。

「ふううむ、あのチビを返して欲しく……あ?」

パタスは切り札を切ろうとした。しかし、眼前の光景に思わず口を止める。

「うむ、知っているならいいのだ。では、いただきます」


 ――ばくん。

パタスが最期に見たのは、圧倒的な捕食者の姿だった。



◆◆◆◆◆◆


 魔人グレンザムの口に入れば、すぐさまその生物は吸収される。

人一人を呑み込んだにも拘らず、平時と変わらない体に見えるのはその為だ。

しかし、呑まれたパタスの知識は、既に彼のものとなっている。

「むむ。部下が抑えている、か。土魔法を使えぬように、あそこの赤い屋根の上に連れて行った、と」

ユマが捕えられ、配下の一人の元にいる事をグレンザムは今知って(・・・)いた。



 ――ビキキキッ。

グレンザムの足が膨らみ、着ている囚人服がはちきれそうになる。

良く見ると、膝の曲がる方向も普段とは逆、跳ねて移動する為の作りになっていた。

『バニーダ』という、兎人の脚部に良く似ている。

「ふむ。恐ろしい目に合わせてしまった。早く助けてやらねばな」

まるで押さえつけられたバネのように、グレンザムは飛び立つ。

ユマがいるであろう場所へ。



 グレンザムはあっという間に、目的の屋根の上に降り立つ。

屋根の上には、軍服を着た男と横たわったユマの姿があった。

「ひっ」

パタスの配下最後の一人は、遠くから一部始終を見ていたのだろう。

飛んできたグレンザムに対して、戦意を完全に失っている様子だった。

 男は、ユマを盾にして震える声で言う。

「く、来るな。このミノタウロスを……」

「ふむ。どうする。その子を人質を取ったままここを降りるか。抱えて、この高さから。それとも、貴様が死ぬ道連れにでもするつもりか」

グレンザムは、落ち着いた声で答える。

今いる場所から飛び降りれば、鍛え抜かれた軍人と言えどまず無事ではいれないだろう。

この男に活路などもうないのだ。

「……っ。か、返す。だから俺を逃がしてくれ」

諦めるように、ユマを掴んでいた手を離す。


「だめだ」

ぐったりと横たわるユマを抱きかかえながら、グレンザムは口を開く。

「女子供を人質に取るな、妻を思い出す。不愉快だ」

しゃべる為ではなく、不届きものを呑み込む為に。

屋根の上には、グレンザムとユマだけが残っていた。



 ユマは、気を失っているだけのようだった。

まるで寝ているような息遣いを確認して、グレンザムは少し安心したように息をつく。

地上では、ハチが残る配下を倒し終えた所のようだ。

「ふむ。姉が待っている、いこう」

グレンザムは幼子にそっと声をかけ、地上に降りるべくその背から翼を生やした。



 グレンザムが再び広場のあたりへ降り立つと、口と手を赤く染めたハチが駆け寄ってきた。

「こちらも片付いたぞ、グレンザム」

統率を失ったパタスの部下では、不意をつかれてはひとたまりもなかったろう。

体に着いている血は、恐らく全て返り血に違いない。

「うむ。エマ、妹は無事だぞ」

ハチへ頷き返しながら、グレンザムはエマを呼んだ。


「ユマ? ユマッ!?」

噴水の傍で様子を見守っていたエマが慌てた様子で走ってくる。

「ふむ。気を失っているが、怪我はない。直に目を醒ますだろう。ほれ、後は任せる」

奪うように、エマがグレンザムから妹を奪い取った。

そして、まるでしがみつくように幼い妹を抱きしめる。

「むむ、こちらが持ち込んだ厄介ごとで迷惑をかけた。何にせよ無事でよかった」

「ご主人様も、安心なさるだろう。早速ご報告に参ろうではないか!」

「……っすまねえ……助かった。こいつがいなくなっちまったら、オレ……」

妹が無事だったことで安堵したのか、二人に答えるエマの声は震えていた。




**魔王年代記より抜粋**



紀元前二年

緑葉の月



初代魔王は言った。

植えよ、耕せ、と。

閣下は菜食主義であり、重要な決議や戦いの前は必ず決まった食物しか口にしなかった言われている。

また、この食物を給仕する事が許されていたのは幼き姫巫女のみだった。

この食物はサタン・グラスと呼ばれ、現在も魔王城の奥でのみ栽培されている。

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