追跡
早く、追わないと。
ユマを狙うのは強盗団に恨みがある奴らだけじゃない。
キーパーズだって、僕達を追って普段より多くうろついているはずなんだ。
ユマが魔法を使っている所をキーパーズに見られたりしたら……死刑になってしまう。
「ハチ、匂いであの子の事探せる?」
「ご、ご主人様? このままではご主人様に追っ手が……」
「お願い」
初めて、ハチとしっかり向かい合う。
「……どちらに向かったか、までなら。しかし、通路をいじくっているとなると限界があるかもしれません」
バツが悪そうに、ハチは目を伏せる。
「ま、待てよ。」
僕らの発言に、エマが驚いた顔で振り返る。
「オレは案内はもうしねえって言ってんだろ。手伝いなんていらねえよ、大体の場所はわかる」
「そうも行くまい。もし別の場所に言っていたらどうする。わたしも手伝おう。ユマの私物があれば、追跡魔法で場所は割り出せる。エマ、何か普段使っているものはあるか?」
協力を拒むエマへ、ミリアさんが言い聞かせる。
「あ、ああ。ユマの服でいいか? すぐ、持ってくる」
ミリアさんの事は元々知っているからか、エマは急いで服を取りに走っていった。
「ミリアさん、いいの? キーパーズも追ってきてるかもしれないんでしょ?」
僕の言葉で、ミリアさんの眉間に皺が寄った。
「くどいぞ、すぐる。わたしはもう、お前と共に行くと決めた。いつかは裏切りもばれるだろう。ならば今、あの子供を助け、後悔なく先へ進みたい」
戒めるような言い方で、ミリアさんが少し怒った顔になる。
でも、すぐに協力を申し出てくれたミリアさんの言葉が、僕には嬉しかった。
「ふむ。プリナラの実とは、懐かしい。私もユマとやらから実を一つもらおうではないか」
魔人さんも、そっと席を立つ。
しかしこの期に及んで食い気なんだろうか。
「それに……私の妻は子供好きでな。子供をいじめるような奴は滅ぼしてよし、と言われている。ユマを助ければ西への脱出は安全ではなくなるぞ。良いのだな?」
僕は、こくりと頷く。
「ならば、私も行こう。どの道、我々は既に指名手配を受けた凶悪犯だ。多少騒ぎが大きくなっても、支障はあるまいよ」
……魔人さんて、聞いてた話よりずっと優しいよね。
[家族を得て、人らしい生活と考え方を手に入れたんだろうな。共に暮らすものの性質で、生き物の生活ってのは大きく左右されるもんだ]
そうなのかもね。
僕は彼の悲しそうな、でも優しい目を見て僕はもう一度、頷いた。
考えてみれば、よくわからない道連ればかりだった。
看守だったハチに、政府の道具になってた魔人さんと、追跡者だったミリアさん。
それでもユマを助けに行く事に反対する人は、誰もいない。
僕はその事が、なんだか少し嬉しかった。
[そだぜえ、兄ちゃん。もうちょっとあいつらに心開いてもいいんじゃねえの?]
……それよりさっき外してくれたタンス・マイン、戻しといてよね。
[はいよ。全く素直じゃねえぜ]
うるさいな。
話をしている所に、エマが手に服を握り締めて戻ってきた。
慌てて探してきたのか、息を切らしている。
「……ハァ、ハァ。こ、これでいいか?」
ミリアさんが受け取って頷き、地面に置いた服に手をかざした。
服からオレンジ色の光が浮かび上がる。
蛍が飛んでいるような、小さな光だ。
ついでミリアさんの目の前には、立体的な地図が青くぼんやりと浮かび上がった。
蛍はすーっと地図の中の一点まで飛んで、止まる。
どうやらあの蛍みたいな光が、ユマの位置を表示しているようだった。
[ほお、こりゃ確かに猟犬向きだぜ]
「ユマはやはり地上のようだ」
おっさんの呟きにかぶせるように、ミリアさんが言った。
早く、連れ戻しにいかないと。
◆◆◆◆◆◆
――地上、首都ブガニアの外れの住宅街。
既に寝静まる時間だというのに、闇に紛れて潜む者達がいた。
「係長、この周辺にはいないようです」
「そうか。念の為、魔力痕跡を探っておけ」
彼らはまるで、猫の足音のような静かな声で会話する。
係長と呼ばれた男と報告している者たちは、『ボナムド商会』と呼ばれる団体の社員だ。
係長が連れてきた人員は百名。
二十人ずつ五組に別れて、追跡にあたっていた。
そして、係長の傍には見るからに軍人とわかる男達がいた。
「さすがに仕事が早いであるな、係長殿。百人にも及ぶ人員派遣、痛み入る。死刑囚共を見つけたら、後は任せて欲しいである」
このなまず髭を生やした男が、軍部所属のパタス少佐。
少佐の後ろに控えているのは、彼の配下の精鋭五人だった。
彼らは正に今、上層部の指令を受けて死刑囚と魔人の索敵にあたっている。
芳しい報告は得られていない所へ、商会の男が一人、係長の下へ駆け寄ってきた。
「たった今、魔法光を観測したものがおります。どうやら住宅地の端の市場からのようです」
「ふうううむ、このような時間に、市場のあたりで、魔法。匂うであるなあ。どれ、参ろうではないか」
報告を聞いたパタス少佐が満足げに頷き、部下を引き連れて歩き出した。
**初級魔法入門より抜粋**
魔法の使用とは即ち、魔力を行使して物質を操作する行為である。
そして、魔法の発動時には必ず光を伴う。
触媒魔法、涙魔法に共通した、魔法使用時に置ける常識である。
魔力を使用者の体から放出して、触媒や賢者の涙へ伝達する際に発生する光を、『アクセス光』または『魔法光』と呼ぶ。
これは魔法の性質上、決して消す事は出来ない。




