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転機

 僕は冴えない文学部の大学生だ。歴史や法律を学ぶともなく学び、卒業できる程度に英語の知識を詰め込んではいるものの、人類のルーツや遺伝子の解析等は、全くの門外漢である。


 しかし、人類の進化に縁遠いはずの僕は、ある一つの真理にたどり着いていた。即ち「例え異世界で異なる進化を遂げようと、男は皆おっぱいが好き」という事実だ。


 とにかくすごかった。あとは、察してほしい。言葉は時に、全てを濁らせるだけなのだ。天国を見た男達はきっと皆、童心に返ってはしゃぐに違いない。そう、僕達のように。言うまでもなく、パブの帰り道、クリスタルの煌く夜の街で夜風に吹かれる僕らは完全に浮かれていた。


「兄ちゃん、楽しかったか?」


 隣でだらしなく笑うおっさんは、パビラスカという変な名前らしい。

 大体パフパフしてたせいでおっさんの話はほとんど覚えていないが、どうやらそこそこ偉い人のようだ。偉い人でも清い体のままなんて、異世界も中々に救いがない。


「超、楽しかったです。師匠」


 ただ、パフパフは楽しかった。そこだけは、認めてやってもいい。


 しかし、一度冷静になってみると面白いものだ。目当ての名物は堪能出来なかったが、こうして見知らないおっさんと一晩で意気投合している。これはこれで、旅行の醍醐味かもしれない。


 残された滞在期間はあと三日だ。明日以降も回りたい場所は沢山ある。寝坊して観光出来ないのもつまらないし、今夜はそろそろ帰ろう。


「今日はありがとうございました、僕はそろそろ……」


 僕が上機嫌のおっさんにもお礼と別れを告げようとすると、突然進路を遮るものがいた。

「ちょーっといいですかね、お二人さん」


 あ、だめだ。これ帰れないやつだ。


 声をかけてきたのは、どう見ても街頭アンケートをしそうなタイプの人種じゃなかった。見上げるような巨体に、隆々とした筋肉。そして、大きな体で隠すようにして、男はよく切れそうなナイフを僕たちに突き出していた。


「随分景気がよさそうで、羨ましいもんです。ちょっと恵んでもらえませんか」


 どのナリで言ってるんだ、このデカブツ。撫で声を出すのが、また不気味だ。きっと断ったら、一度や二度は刺されるに違いない。アルコールで浮ついた気持ちが、一瞬で醒めていく。


 しかし、隣のおっさんは違ったようだ。


「ないよ、使い切っちゃったもん」


 酒が回っているのか、全く危機を理解していないらしい。バカ。パビラスカのバカ。僕は内心毒づく。正直に言っちゃっても見逃してくれるわけ、ないでしょ。


 僕は慌てて取り繕う。旅行先でトラブルなんてまっぴらごめんだった。


「あ、あのさっきのお店で豪遊しちゃって」

「ほー。残念だ。そういやお兄さん、変わったかっこしてますね。観光ですか?」


 巨漢は得心の言った顔でナイフを下ろしてくれた。


 よかった、わかってくれそうだ。僕はほっと息をつく。


「異世界人の内臓って、高く売れるんですよね」


 前言撤回。わかってくれなかった。刃物を下げたのは、不慮の事故で商品(僕のモツ)を傷つけない為だろう。


 ぐい、と再び何者かが僕を袖クイする。言うまでもなく、僕の袖を引いたのはおっさんだ。


「逃げるぞ、兄ちゃん」


 言うが早いか、おっさんが逃げ出した。


「さっくり見捨てんなクソオヤジ」


 慌てて、僕は後に続く。


 先ほどまでのんびり眺めていたクリスタルの灯りが、目の端で流れていく。巨漢から逃げ続けるうちに、周りの景色は随分寂れていた。


 繁華街と言うのは、どの世界でも変わらないらしい。欲望と快楽に溢れ、そして繁栄極まる場所があれば、既に廃墟と化した場所もある。長らく運動をしていない体の悲鳴を無視してたどり着いた場所は、人気のない廃墟だった。僕とおっさんの荒い息遣いが、埃を被った酒場に響き渡る。


「はあ、はあ。……おい、兄ちゃん」


 隣でおっさんが息を荒げながら、話しかけてきた。


「はあ、はあ」


 まだ息が整わない僕は、答える代わりにおっさんを見る。


「あのオーク、多分鼻が利く。すぐ見つかるぜ」


 え。

「助かりたいか」


 当たり前だ。臓器なくなったら、死んじゃうじゃないか。僕は荒い息を整えながら、頷く。


「力が、欲しいか」


 僕は荒い息を整えながら、頷く。


「恨んだり、しないか」


 僕は、荒い息を整えながら、頷く。


「あの、本当にあとで怒ったり……」

「早く続き話してください」


 まだ少し息は上がっていたが、文句を言えるくらいにはなった。あとこのおっさん、しつこい。


「じゃあこれ」


 パビラスカのおっさんは、小さな包みを手渡してくる。


「なんです? これ」


 両端をねじって、中のものを包装しているようだ。これじゃまるで飴じゃないか。


「アメちゃんだ」


 飴だった。思わず、包みを受け取った手を強く握りしめる。追われているって言うのに、飴でも舐めて待てとでも言うつもりなんだろうか。


 僕の怒りが通じたのか、おっさんは慌てて手で僕をいなしながら説明をはじめた。


「ま、まて早まるな。それにはな、おれ特製の魔法が込められてる。おれは訳あって直接手を貸せねえからよ、兄ちゃんが魔法を使って逃げるんだ。兄ちゃんはこんなところでやられたらいけねえ。五体満足で、生きて帰るんだ。まだやらなきゃならねえこと、あるだろ。夢、あるんだろ」


 先ほどまでの怒りが一気に冷めて、思わず胸が熱くなった。一夜の付き合いでそこまで大事に思ってくれるとは……。


「童貞捨てるまで死ねねえだろ! さあ、そのアメちゃんを舐めるんだよ! 童貞のまま死んでも、いいのかよ!」


 ……よし。力を手に入れたら、手始めにこのおっさんをとっちめてやろう。僕はそう決意して包み紙を開き、飴を口に放り込んだ。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

緑葉の月


初代魔王の御力は、荘厳な儀式と共に齎された。

その圧倒的な力はかつてのブガニア全てを覆い、かつてない深い闇がもたらされたと記されている。

圧倒的な力で瞬く間に世界制服を成し遂げた初代魔王閣下の快進撃は、ここからはじまった。

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