妹
エマの話では、巣穴を使って首都を抜けるには結構な時間がかかるらしい。
地中に張り巡らされた巣穴は、キーパーズの追跡を撒けるようにかなり入り組んだ作りになってるんだって。
巣穴に入ったのが夕暮れ前頃。
土の中じゃ正確な時間はわからないけど、あれから結構歩いたから今は夜8時くらいだろう。
追っ手も、すぐに首都の外まで追跡してくる事はないらしい。
これは、ミリアさんとハチの見解だ。
どうやら法治国家であるこの国では、想像していたより煩わしい手続きが多いようだ。
軍やキーパーズが行動範囲を広げられるのは、早くて明日の昼。
当然範囲が広がれば追っ手の密度も下がるし、この逃走劇は案外平和に終わりそうだった。
「レイピア」
「あ、あ……。圧迫面接」
「強くて素晴らしいご主人様」
「うむ、『ま』か。マンドラゴラのスープ」
「プ!? なんだよぷって。ふざけんなよ。ぷ……ぷ……プリン!」
だから、しりとりをしていた。
そしてたった今、エマの敗北が確定した。
平和だ。
「だああああっ! なんでこんなことしなきゃならねえんだよ、大体ウルフヘジンのそれはありなのか!? あと圧迫面接って何だよ!?」
エマが負けた悔しさを撒き散らしている。
圧迫面接を知らないだなんて、そんなんじゃ就職出来ないよ?
[あいつの職は既に決まってるぞ。強盗だ]
はっ。
そんな不安定な職があってたまりますか。
――クイックイッ。
おっさんに就職とは何たるかを説こうとした僕の腰を、何者かが引いた。
「おにたん、まーぜて!」
引いていたのは、ちまっこい女の子だった。
「お、ユマ。勝手に出歩くなっていってんだろうが」
どうやらエマの知っている子のようだ。
「おねたん、ユマもしりとりしたい!」
てててっとエマに駆け寄っていく幼女。
かわいい。
よかった、女の子で。
あの言葉遣いで雄だったらと思うと、ぞっとする。
「いいかユマ。しりとりなんてな、うまくても何の役にも立たねえんだぞ? そんな事より、いい子にしてたか?」
敗者が何か言っているけど、負け惜しみにしか聞こえなかった。
この幼女、エマの妹のようだった。
中々やんちゃらしくて、居住区から出るなと言われてもこうして勝手に出歩いてしまうらしい。
それにしても、妹を見るエマの目は随分と優しい。
強盗団を率いているなんて、とても思えなかった。
「ユマ、いいこにしてたか?」
「うん!」
などと言う微笑ましいやりとりを先ほどからしている。
しかしエマ、だまされてはいけない。
言いつけを守っていない時点で、決していい子ではない。かわいいけど。
ミリアさんもハチもユマちゃんが可愛いらしく、平和な道中がとても賑やかになった。
はしゃぎ疲れて眠ってしまったユマちゃんはエマにおんぶされて眠っている。
ユマちゃんを一人でほったらかす訳にはいかないので、ついでに居住区で一休みするらしい。
「こいつはさ、親の顔知らねえんだ」
エマが歩きながら、ポツリと言った。
「親父はろくでなしで、いつの間にか消えちまったらしい。お袋は、ユマを生んですぐ死んじまった。やたら強いお袋だったけど、産後の肥立ちってやつがよくなかったみたいでな。今いる強盗団のメンバーは、お袋からそのまま受け継いだもんだ。兄弟みたいに育ったあのバカ共もユマも、放って置けなくてよ」
ふうん。
ならず者にはならず者なりの理由ってやつがあるんだね。
「なるほどな。それで、周りに恨みを買うような相手からばかり強奪を繰り返していたのか。臓器の闇バイヤーに、悪徳金融。貴様らが狙ったのは、我々もマークしている犯罪組織ばかりだった。少しでも罪悪感を薄れさせたかったのか?」
ミリアさんが、納得するように相槌を打つ。
「ばぁっかじゃねえの? 悪さしてる奴の方が金もってんだろ。それだけの事だよ」
エマがそっぽを向いて言うけど、照れてるのはバレバレだった。
ミリアさんはそんなエマを困ったように眺めて、言いにくそうに口を開いた。
「だが、いつまでも無事に済むとは思わないことだ。貴様ら強盗団は、有名になりすぎた。いつか、ユマにも必ず危害が及ぶぞ」
「……わかってる。だが一度悪さに手を染めちまったら、そう簡単に戻れねえ。生き抜くには、これしかねえんだよ。ユマも部下のバカ共も、最後まで守ってやらなきゃな……。っと、着いたぞ。ここがオレらが住んでる場所だ」
エマは足を止めた先からは、確かに人が住む賑やかさがあった。
それと。
居住区の入口だろう場所には、大量の草が束ねられていた。
[また草食う羽目になりそうだな]
やめて、美味しかったけどさすがにげんなりする。
**魔王年代記より抜粋**
旧ブガニアでは、恐れられた強盗団がいた。
時の有力者や富裕層は、この強盗団に怯え暮らした。
強盗団の異形にして逞しい身体つきには、歴戦の戦士も逃げ出したと言われている。
しかし、初代魔王閣下は容易く彼らを打ち破り、従える事に成功した。
魔王閣下の覇道への足がかりは、順調に築かれていった。




