水源
エマは、とても快く頼みを引き受けてくれた。
[おじさんあれ、脅迫って言うと思うよ]
ははは。
[おじさんそれ、誤魔化せてないと思うよ]
これでおかげでやっと、西を目指すことが出来る。
早く帰って就職しないと。
[まるで魔王になるのがついでみたいだな]
え? ついでだよ?
例によって例のごとく、おっさんと遊んでいる間にみんなが次々に計画を立てていく。
ミリアさんの話では、エマ達はこの辺りで指名手配を受けている有名な強盗団らしい。
何でも、ミノタウロスの特性を生かして地中に逃走路を張り巡らせているようだ。
おかげで補足も確保も困難、随分キーパーズを困らせているとミリアさんが言っていた。
で、協力というのはその逃走路の案内。
今はエマに、張り巡らしてある巣穴の規模を確認している最中のようだった。
はあ。楽だけど、暇。
ねえ、おっさんおっさん。
[なんだ、話聞いてなくていいのか?]
何の話してるかさっぱりだから、後でまとめて聞くよ。
それより僕、今いる首都ブガニアでしか観光してないんだけどその『西部』ってどんなとこなの?
ここからかなり離れた所にあるって言うのと、立ち入り禁止ってことくらいしか知らないんだけど。
[あー、兄ちゃん観光で来てたんだもんな。よし、じゃあ簡単に説明してやるよ。一般に西部つったら、この天空大陸の西の果てだ。何にもない荒野が広がってる土地でな、グレンザムが恐れられてた頃は水源を巡ってやんちゃな部族共がしょっちゅう争ってた。おかげで、更に荒地になったって話だぞ]
ああ、水かあ。
天空大陸は水源が限られてるもんね。
[そうだ。天空大陸は雲海の上に浮かぶ、浮遊大陸でな。ストロー・ウッドって言う木が、雲海から水分を吸い上げてんだよ。で、その吸った水は天空大陸に運ばれて湖になり、蒸発した水分はまた天空大陸の上で雲になって、雨を降らせる。まあ兄ちゃんが元いた世界みたいに湖に囲まれてる訳でもねえし、水は少ねえわなあ]
湖なら一つ見に行ったよ。グランレイクって言う所。
[そこの他に三つ、水源になるでかい湖がある。で、そこから水路を引いて農業に利用したり、蒸留して飲み水にしたりしてる訳だな。西部の方にあるのは確かエスレイクって名前の湖だったはずだ]
ふうん。
でも何で立ち入り禁止なんだろ。
[昔はそんな話、聞かなかったぜ。グレンザムがいた頃なら兎も角な]
重要な場所ではあるんだろうけど、それを理由に立ち入り禁止って訳じゃなさそうだね。
グランレイクは観光地にされてたくらいだし。
まあ、人の少ない場所の方が一度隠れるには都合いいのかも。
一通りおっさんの説明を聞き流した所で、会議中の魔人さん達の方に耳を傾ける。
[聞き流すな、ちゃんと聞け]
へいへい。
「問題は、蒸気機関車を降りた先だな」
ミリアさんが難しい顔をして言った。
「ご主人様をあの汚らわしいモンスターの毒牙に晒すわけには行かぬぞ」
と、アホ面で言うのはハチ。
「言っとくけどな、オレらの使ってる穴は西部までなんて通じてねえからな。あのバケモンの事はてめえらが何とかしろよ?」
困惑顔の二人の発言に対して、エマはぶっきらぼうに吐き捨てる。
さっきから不穏なワードが沢山飛び出てる気がするんだけど……。
[ちょうど、立ち入り禁止の原因について話してるのかも知れねえな]
うわあ。何か危なそうだけど。
[大丈夫、お前はこのままここにいても捕まって処刑される。どこにいても危険だ。よかったな]
何もよくないよ。何も大丈夫じゃないよ。
と、そこで魔人さんが立ち上がった。
「ふむ。何にせよ、そろそろここを出ようではないか。ミリアよ、ミノタウロスの地中路は政府の初期警備網を突破するには充分なのだろう?」
ミリアさんはこくりと頷いて言う。
「ああ。首都ブガニアを抜け、南西にあるビナージ村の傍まで通じているそうだ」
「ほう。では一度ビナージまで出て、蒸気機関車の通る線路を目指そう。線路の先の事は、また後で考えよう。追っ手が来る前に旅立つべきだろう。では、案内を頼むぞ、エマ」
いそいそと魔人さんは皆を急かし出す。
何かウキウキしてるように見えるけど気のせいかな。
[兄ちゃん忘れたのか? グレンザムに『カエダマ』とかいうのやるって言ってたじゃねえか。早く欲しいから急いでるんじゃねえの?]
……何と言うか、威厳のかけらも感じないね。
僕は楽が出来るから、いいけどさ。
**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**
連邦王国の大陸統一の目的は、命の源たる四つの水源を治める事にあった。
天空大陸にある水源は僅かである。
争いの源となるのは、必至であった。
永久平和を願うブブガニウス陛下は、王の叡智を持ってして四つの湖を統括する事を決意なされたのである。
長らく騒乱が続いた大陸に平和が訪れたのは、王のご決断あってのものであることを忘れてはならない。




