食事
まずわかった事は、僕のご飯は無さそうってことだった。
ハチが舐め回したり、魔人さんが食べちゃったりしたんだって。
[それは後でいいだろ、まずは脱出だろ]
おっさんはおなか空かないだろうけど、僕は空いたの。
食事は数少ない楽しみの一つなのに……。
僕がご飯の行方を必死に案じている中、皆は一生懸命働いていた。
ミノタウロスの雄の……オスタウロスさん達を起こさないと、色々邪魔だったからだ。
でかいんだもん。
廃墟を片づけたら作戦会議をするんだって。
僕のご飯はないけど。
どうやら三人が買い出しに出ている間に、王国側に大きな動きがあったらしい。
ミリアさんの話だと、偉い人たちが集まっているのを察知したとか。
で、ミリアさんの手引きで逃げ出すのは難しいかもしれないって結論になったみたい。
ご飯食べながらその話してて、僕の分はすっかり忘れてたってさ。
ミリアさんは追跡という変わった魔法が使える。
名前の通り対象者の所在を突き止める事が出来るすごく便利な魔法なんだけど、いくつか制限はあるようだ
追跡対象の痕跡があること、または嗅ぎ慣れた匂いを覚えている事。
このどちらかに当てはまるものを同時に五つだけ、魔法で追跡できるらしい。
僕らを見つけたのは、ハチの体毛から追跡してきたからなんだって。
はあ。僕のご飯はどこにあるのかは、調べてくれないかな。
僕も食べたかった。
孔雀兎の串焼き、僕も食べたかった。
[いつまですねてんだよ、兄ちゃん。一人でパイエム・ルンポリン座りしてねえで、手伝ったらどうだ?]
……なんだって?
[ああわりい、誤訳だったわ。体育座り。これでいいか?]
う、うん。
こっちの世界じゃ体育座り、すごく心弾みそうな名前なんだね。
何か身近な文化の違い感じたよ。
「すぐる!」
おや。ミリアさんが呼んでる。
おっさんと遊んでるうちに片付けも終わったみたいだ。
僕は呼ばれるがまま、ミリアさん達の方へ向かう。
これから西へ向かう作戦会議だ。僕のご飯はないけどな!
僕が席に着くと、他の四人も各々椅子に腰掛けた。
オスタウロスの皆さんは、姐御さんに「食うもんでも持ってこい」って言われてどこかへ走ってた。
「姐御さん、ご飯ありがとう。助かるよ」
「ばぁっかじゃねえの? あんなにグーグー言われたら話し合いの邪魔だろうがよ。あとな、オレの事はエマって呼べ」
どうやら僕のおなかの音が聞こえていたらしい。
「あのな、大体の話は聞いたけど手を貸せったってお前ら揃いも揃ってすさまじい奴らじゃねえか。何しろって言うんだよ」
エマは腕組みをしながら、ミリアさんを睨む。
「単刀直入に言えば、地下道を案内して欲しい。本来なら裏切りがばれていないわたしが、すぐる達を馬車かなにかで連れ出すつもりだった。しかし、四大公爵が集まった所を見ると恐らくもう手は打たれているだろう。わたしがキーパーズを離れ、ハウンドは全滅した。となれば、追手は軍か商会、もしくは両方が我々を追ってくるだろう。」
ミリアさんの説明に、エマがため息をついた。
「ばぁっかじゃねえの? 魔人グレンザムが生きてたってだけでも大騒ぎだろうに、その魔人が逃げ出して、しかも死刑囚が一緒ときたらそうなるに決まってるぜ。だが、勝てねえ相手じゃねえだろ」
「一人の力で多には勝てぬ。例え勝てても、すぐ次が来る。私は確かに敵にとっては脅威だろうが、それでも数十年間進歩のない、過去の遺物だぞ」
グレンザムさんが、ばっさりとエマの意見を否定する。
何か、魔人さんって謙虚だよね。
[一度大事なものを失って、無力さが身に沁みてるんだろ。敗北から学べるものこそ、賢いものだ]
なるほど。
エマはおかっぱ頭をいらだったように掻き毟る。
「ああもう! 西に行くっつってたな? 西でなにするってんだよ!?」
「ふふふふ。ご主人様はなぁ。魔王を目指すのだっ! その為に西で力を蓄える!」
ハチがしゅたっと天を指差すようにポーズを決める。
うん、すごくバカっぽいね。
「……はぁ。もういい。付いていけねえが案内してやるよ。軍とも商会ともやりあいたくねえが、どの道手伝わねえとオレらの事殺すつもりなんだろ?」
恐ろしい事に、エマの言葉にミリアさんとハチが同時に頷いた。
あれ。魔人さんは違う考えなのかな。
そういえば、魔人さんが食べれば知識は手に入るはずじゃ……。
「姐御、戻りましたー」
「姐御、こんなもんでいいですか?」
お、飯が来た。オスタウロスの皆さんが手に一杯食料を持ってきてくれた。
あれ。食料って言うか……
[草だな]
大量の牧草が、今日の僕の食事だそうです。
その後、僕は空腹を紛らす為に草を食べ続けた。
ちょっと美味しかったのが、少し悔しかった。
ちなみに食事中に魔人さんに何故エマを呑んでしまわないのか聞いてみたところ、
「うむ、妻に『女に手を上げる男は嫌い』と怒られるからな」
と言う答えが返ってきた。
だからミリアの時も手出ししなかったのね。
魔人さん、思いの他所帯じみてる。
**ブガニア新聞より抜粋**
創立暦三十四年 八月十三日 夕刊
『不審人物に注意』
首都ブガニアに、不審人物が現れたとの通報が複数入っていることが明らかになった。
通報内容は、大きな犬を連れた長髪の男が、飲食店など複数の店舗で恍惚とした表情を浮かべていると言うもの。男は約三十分、ひたすら繁華街で飲食店を覗き込み、大量の食物を買い漁っていた模様。
何らかの酩酊状態、または中毒状態に陥っている可能性がある為、万が一見かけた際は保安部まで通報されたし。




