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一人

 全面ガラス張りのタワービルの前に、僕はいた。

皺一つない、体にぴたりとあったスーツを着た企業戦士達が次々入り込んでいくビルが、今日から僕の職場だった。

顔が映りそうに磨きぬかれたカウンターデスクの奥にいるのは、綺麗に髪をウェーブさせた受付のお姉さん。

新入社員と一目でわかるのか、僕を微笑ましそうに眺めると職務に戻るべく入口へ視線を戻した。


 お姉さんにどぎまぎしながらもエントランスを抜け、僕はエレベーターで三十二階を目指す。

エレベーターが動き出すモーターの回転音と独特の浮遊感を感じて間もなく、目的の階層に到達した。

企業戦士は時間が命、エレベーターに乗る時間も惜しまねばならないのだ。

[おい]


 エレベーターのドアが開き、僕は先輩企業戦士と共に自分の戦場へ一歩足を踏み出す。

そう、ここが僕の夢見た場所、一部上場企業……

[おいって]


 何だようるさいな。

[とっくに目覚ましてるくせに、夢見てましたみたいなモノローグやめろよな。兄ちゃん、夢も見ないで爆睡してたじゃねえか]

……。

心読むだけじゃなくて、そんな事までわかるんだ。

僕のプライベートはどこにいったんだよ、そもそも寝起きは弱いんだよ。

[いいからしゃっきりしろ。西へ向かう算段がついたみたいだぞ]

そういやそんな話してたなあ。

寝起きでいまいち頭回らないけど。


 ところでおっさんさ。

[なんだ]

なんで誰もいないの?

[ご飯買ってくるって]

ぽつん。



 いつのまにか、僕たちがいた廃墟に差し込む明かりも少なくなっていた。

もう夕方くらいだろうか。

確かにおなかも空いてるし、ご飯を用意してくれるのは助かる。

でも誰もいなくなるっておかしくない!?

[こればかりは正論だな]

ミリアさんは顔ばれてないからわかるよ。

でもハチは? 魔人さんは?

[グレンザムは食事って聞いてから「うむ」だの「ほう」だのつぶやいて、いそいそ着いてった。ハチは「ご主人様の口に入るものなら、まずはこの舌で毒見を」って言ってたな。何か興奮してたぞ]

うっわぁ。

てか追われてる身だってわかってるのかなあの人たち。

[大丈夫だろ。魔人の姿知ってるやつなんてそういねえだろうし、ハチは犬の姿になってた]

ふーん。そんな事も出来るんだ。

取り敢えずハチはお仕置きしよっと。





――ザッザッ。


 ハチをどうお仕置きしようか考えていると、足音が聞こえた。

戻ってきたかな? 


――ザザザッ。ザザザッ。


 あこれ違うな。

結構な人数がいるぞ。


――――…。…!


 こっちに近寄ってきてるみたいだ。

足音と一緒に、話し声が少しずつ大きくなってきた。

「姐御、今回の稼ぎはどこに置いておきましょう」

「姐御、このモツどうしますか?」

「姐御、おっぱいもまブヘッ」


 

 やばい。絶対まともな人達じゃない。

聞こえてくる会話に、冷や汗が流れる。

大体こういうのって運悪く同じ建物に入ってきたりして、戦闘になるんだよね。

僕はそっと、テーブルの下に身を隠した。


――――バンッ!


 やっぱりね。だと思ったよ。

思わず舌打ちがもれそうになるけど、ぐっと堪える。

足しか見えないけど、十人くらいはいそうだった。

[だから俺の魔法ペインはあんな奴らに負けねえって言ってんだろ]

おっさんの声に、寝起きの機嫌悪さも手伝って少しいらっとする。

僕は戦いたくないんだってば。

それにペインあるって言ったってほとんどハチにしか使ってないし、よくわかんないよ。


「なんだあ、こりゃあ」

近くから野太い声が聞こえる。

なんかフゴフゴ息荒いし、目の前の足すっごく太いんだけど。

「アジトが滅茶苦茶じゃねえか」

違う男の声で、またフゴフゴ言ってる。


 やばい。

ここ、こいつらの家かなんかだ。

ハチとミリアさんが暴れたから、あちこちボロボロだし絶対怒られるぞ。

[怒られるじゃすまないと、おじさんは思うよ]

何だよ、そのバカにした話し方。

[バカにしてんだよ。こんな時間にこの辺うろうろしてるなんざ、間違いなくならず者だろ。今の状況じゃ兄ちゃんがアジトを荒らしたって思われてもおかしくねえ。見つかったら殺されるんじゃねえか?]


 おっさんの声が、僕の心の真っ黒な部分をつついた。

また殺されそうになってるのか。

こいつらも、僕の邪魔するっていうのか。

僕の就職を祝おうって気持ちがある奴、この世界にはいないのかっ!

[知るかそんなもん]


――カチッ。カチカチッ。カカカカッ。


 おっさんの醒めた声に被せるように、またあの音が聞こえた。



**魔王年代記より抜粋**



初代魔王は、常に戦い続けた。

悪政蔓延る旧ブガニアを相手に反旗を翻した閣下の歴史が戦いの歴史だった事は想像に難くない。

ある時は卑怯な手で、ある時は罠にはめられ、またある時は忠実なる配下の不在を見計らって、王は悪しき者に襲われた。

しかし、絶大なる力を持つ閣下の前にはどのような敵もひれ伏し、苦痛に喘いだと言われている。


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