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宰相

 ロエはキドルの発言を聞いて、その青白い顔を面白く無さそうに歪ませる。

「失敗したと。ありえませぬ、あれは優秀な猟犬ですゆえ」

キドルはそれを聞いて、頭を振った。

「だからこそ遅い、と思うのですが。涙持ちの彼女が探すだけなら、とうに連絡があっていいでしょう。猟犬は魔人達を見つけられていない、または見つけられなくなった。そう考えるべきです」

小さな掌を突き出し、細く頼りない人差し指を立てた。


 そして席を同じくする四人を見渡して続ける。

「思い込みを捨てるべきだ、と思うのですが。魔人が裏切るはずはない、プリムステイン家のものが王に牙を向く訳がない、猟犬が取り逃がす訳がない。このいずれかが頭にあるのではありませんか?」

ロエのしかめ面が、いつのまにかその場の全員に広がっていった。



「宰相殿。先ほど愚息の不在に腹を立てて不穏な事は口にしたが、ワーウルフがたやすく主君を変えると思ってもらっては困る」

円状に広がるテーブルが自分の前だけ破砕しているのをバツが悪そうに見ながら、グラウスが言う。

「貴方がご自身で『王への忠誠が浅い』と言った、と思うのですが。それに確かご子息は戦いに敗れたものに忠誠を誓うと言われているウルフヘジンだったはず。魔人か死刑囚と戦って敗れたならば、

如何でしょう」

「――っ。魔人と不用意に争うとも、魔法不正利用で死刑になる間抜けに敗れるとも思えぬぞ。これは親の色眼鏡で見ているからではないっ」

キドルの指摘に苦虫を噛み潰したような顔で答えるグラウス。

「ですから、その思い込みを捨てるのです。最悪のケースを想定しましょう」

しかし幼子にしか見えぬ宰相は、きっぱりとグラウスの答弁を跳ね返した。



「魔人は、裏切りますかな?」

パタイヤも顔形は笑っているものの、宰相を見る目は冷ややかだった。

「裏切ってしかるべき、と思うのです。四十年も彼が従い続けていたのは、無気力になった彼に我々が漬け込んでいただけに過ぎません。彼に施した服従魔法(・・・・・・・・・)も、彼に依頼がある時しか使用出来ぬよう制限ある魔法陣も、本気の彼を本当に制限出来たでしょうか? 諾々と我々に従っていたのは、ただ彼が妻を失った悲しみに流されていただけではないのでしょうか?」


 キドルの見解を聞いても尚、パタイヤは食い下がろうとする。

「理由が、ありますかな。四十年従い続けた彼が逆らうべき、理由が」

「理由を考えるのは後でいい、と思うのですが。魔人は既に牢を出て、王は『漏らすな』と仰せです、パタイヤ殿」

この話は終わりだ、と言わんばかりにキドルが帽子を弄びながら立ち上がった。



 上質な木底の革靴が床を叩く音が、室内に響く。

公爵家の面々が座る後ろを、ゆったりとキドルが歩き回っている音だ。

彼は誰よりも現状に危機を感じていた。


 平和が、続きすぎた。

四大公爵家の面々も、そして恐らく自分ですら、長く続く安寧に漬かりきっている。

魔人は、よく働いてくれた。

文句一つ言わず、証拠も残さず王国に不利益な人間を文字通りその口に呑んでくれた。


 しかし、その様子に安心しきって更なる警戒を怠っていた。

例え王家お抱えの涙使いが服従を強いたからと言って、それが通じると言うのか。

例え陣学者四十人が絡みつくように難解な魔法陣を作り上げたと言え、あの魔人にそれが通じると言うのか。


 手に握ったシルクハットは、既にかなりくたびれて来ていた。

彼はさらにそれをくしゃりと丸め、再度口を開く。

「全て最悪を考えるべき、と思うのです。魔人は裏切った。看守も背いた。猟犬は彼らを見つけられない。その上で対策をとりましょう。そうですね……保管庫を襲ったテロリストは、ウィッセ殿と言う想定をして下さい」

「堪りませぬ。考えるだけで頭が痛む思いです」

「――くっ。バカ息子めっ。」

直接の立場に大きく影響するだろうロエとグラウスは、二人とも頭を抱え込む。


「リリアナさん」

キドルは、成り行きを見守っていたまだ若い当主代行を呼んだ。

「頭取が金は出す、と言ってるのなら早速甘えさせて下さい。商会を使いましょう」

「ふふ、わかりましたわ。依頼は追跡と捕獲? 魔人の捕獲、いくらかかるでしょうねえ」

「居場所がわかれば充分、と思うのです。グラウス殿、パタス少佐は予定通りこちらに回して下さい」

リリアナとグラウスが、これに頷く。


 危機は四人にうまく伝わったようだった。

その事にだけ、キドルはほっと息をつく。顔つきが、明らかに先ほどより引き締まっていた。

現状で取れる手段は、これが精一杯だろう。

神童の頭は目まぐるしく考察を繰り返していたが、手にある情報があまりに少ないのだ。




 そして何より、魔人と共に姿を消した死刑囚。

彼はただの矮小な外世界人で、不正魔法使用者としか思えなかった。

未だ正体の掴めぬ彼に、神童キドルはどうしても不吉な予感を払えずにいた。



**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**



連邦王国の第一の立役者と言えば、神童キドルだろう。

しかし、王を表から陰から支え続けた名家の存在を忘れてはならない。


親しきワズマルーム家

厳粛なるアンデマイズ家

猛々しきプリムステイン家

満ち足りたマネルダム家


以上四つの公爵家に、名宰相『神童キドル』。

円柱を支配する彼らは、一相四家と並び称された。

挿絵(By みてみん)

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