円柱
――国家の柱、パイロン。
天空大陸の中部、首都ブガニア中央に居座る円柱状の建造物の俗称である。
円柱といっても、ただの柱ではない。
この柱はブガニア連邦王国を支える大黒柱だ。
国家が求められる責務を果たすべく、主要機関の司令部や本部等はほぼ全てパイロンの中に配されている。
克達がミリアと争っている頃、パイロンの一室に顔を寄せ合う人々がいた。
昼食時の明るい最中だと言うのに、室内には暗がりの中に僅かばかりランプの灯りが灯っているばかりである。
席を同じくする面々の顔は、険しい。
「足取りは、掴めましたかな?」
長く垂らした白髭を摘みながら、笑顔を絶やさぬ様子で小柄な老人が訊ねる。
好々爺然とした表情のこの男は、ワズマルーム家当主パタイヤ・ワズマルーム。
ワズマルーム家は王家に近しい一族で、初代ブブガニウスの代から系譜を辿る事が出来る。
この家の血筋からは幾度も妃を排出しており、このパタイヤ老自身もブブガニウス十三世の叔父である。
当然影響力も大きく、いわゆるお目付け役のような立場にいる事が多かった。
「残念ながら。今は保安部と軍部が協力して追跡を行っておりますが、発見には至っておりませぬ。ハウンドを出動させるよう言ってありますので、発見だけならそう時間はかからぬでしょう」
甲高い声で、痩身の男がパタイヤの問いに答える。
喪服のような真っ黒な服に身を包んだこの男が、アンデマイズ家当主ロエ・アンデマイズ。
アンデマイズ家は法の番人と呼ばれる一族で、法律の整備、保安部の設立はアンデマイズ家が率先して行った。
血の気を失った顔に見えるが、アンデマイズ家の一族はみなこのような顔色である。
「ただ、見つける以上の事は期待しないで頂きたい。相手はあの魔人ですゆえ。軍部の力添えが必要かと」
陰気な顔に垂れ下がる前髪を神経質そうに払いながら、ロエが上目遣いに隣を見た。
「既に手配済みだ。パタス少佐を連れて行け」
逞しい体躯の、軍服を纏う男が、口を開いた。
この男は、プリムステイン家当主グラウス・プリムステイン。
ブガニア軍の元帥にして、ハチことウィッセ・プリムステインの父でもある。
「愚息も姿を消したと聞く。王の偉大さを理解しない馬鹿息子だが、魔人に喰われたならば仇くらいは討ってやりたい。しかし……っ!」
ズンッ!!
既に老年に差し掛かるだろう年齢に見合わぬ剛腕を、目の前のテーブルに振り下ろすグラウス。
「あのバカが手引きをしたならば、生かして連れてきて欲しい。体を万に千切って鼠の餌にしてくれるわっ!」
彼の怒声と共に硬岩で出来たテーブルが真っ二つに折れ、破片が舞った。
「あらら、おじさまご機嫌ナナメねえ。今おじさまが砕いた亀晶石のテーブル、すっごく高いのよ?」
ほこりを扇子でうるさそうに払いながらグラウスに気安く話しかけるは、室内で唯一の女性である。
手に持つ羽根扇子も、緩く巻いた髪をまとめる髪飾りも、体の線を妖艶に醸し出すドレスも、全て派手ではない。
しかし、一目で高価だとわかるものだった。
女性の名は、マネルダム家リリアナ・マネルダム。
当主は不在のようである。
「頭取は、どうしましたかな?」
パタイヤが言う『頭取』とは、マネルダム家当主の通り名だ。
この通り名が表すように、この一族は王国財政を担う金庫番、王国随一の資産家でもあった。
「お前が行けとだけ言われましたわ。金しか出せぬ、だそうです」
口元を扇子で隠しながら、上品にリリアナは笑う。
「笑っている場合、ではないと私は思うのですが」
リリアナの笑いを遮る、いや遮ろうとする声がした。
声の主は、蚊の鳴くような声に、おどおどと常に怯えている小柄な体だった。
尖った耳が目立つものの、風貌は一見幼い少年に見える。着ているテールコートはぶかぶかで、彼の目の前に置かれたシルクハットも彼の頭には大きそうだ。
この一見頼りなさそうな少年が、ブガニア連邦王国の宰相キドル・ウッドモア。
齢八十を超えるエルフ族の若者だ。
四つの公爵家と、宰相がここに揃う。
平和が築かれたとはいえ、建国から僅か三十年。
絶対王政を廃止して法治国家の形態をとっているこの国では、未だ爵位は絶対的な権力の象徴だった。
しかし、それは名ばかりの権力ではない。
彼らの持つ経験が、武力が、そして財力が、国家の安全を保つに足る信用と実績を王に、そして国民に認められていた。
彼らが食事も摂らずに陰鬱な表情を浮かべている理由は、魔人グレンザム・ダイゴノアの失踪。
つまりここに集まっているのは彼の生存を知り、そして利用していた者達だった。
「王は、なんと言っておられましたかな」
パタイヤが微笑みながら、キドルに問いかける。
「は、はい。漏らすな、と仰せでした。魔人のことを外部に漏らすな、という意味だと私は思うのですが」
落ち着きなく、キドルはテーブルの上の帽子をいじくっている。
「現状で打てる手は、打っているかと。ハウンドの報告を待つしかありませぬな」
「今の猟犬は、あの伯爵家の娘だったか。涙持ちなら発見は容易かろう」
ロエとグラウスがそれに続く。
「それです」
キドルは、はたと帽子をいじる手をとめた。
「それです、もう見つけてもおかしくないはずです。続く連絡が入ってないのは遅すぎる、と思うのですが」
先ほどまでのおどおどとした様子はどこへやら、である。
しかし、これがキドルの常だった。
危険に対しては常に万全を期す。
彼はその頭の回転の速さで、最悪のケースを常に想定しているのだ。
**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**
統一戦争で武名を馳せたものは数多い。
しかし内政と知性に限って言えば、神童キドル以上の活躍をしたものはいないだろう。
常に安全を考え、常に潜む危険を予測するその様子はまるで未来を見通しているかのようであり、『神童の目は見えざる牙も見通す』と持て囃された。
統一戦争前から宰相として王に仕えた彼は、ブガニア連邦王国設立後もその辣腕を奮い続ける。
三年に一度行われる宰相選挙で彼が成し遂げた連続当選記録は、建国以来破られていない。




