決意
僕を、二対の目が見つめていた。
[ハチも見てるぞ]
……二対の目が、見つめていた。
と言うか僕、そもそも手は出さないつもりだったし、連れて行く分には全然いいんだけど。
「ミリアさん、どうしたい?」
嫌なら帰ってもらえばいいし、意思確認だけしとこう。
「――王国に楯突けば今度こそ、我が家は全てを失うだろう。今は亡き祖父を悲しませぬ為、私はレズドール家の名に恥じぬよう努力してきたつもりだ。絵に描いたような没落貴族だが、何とか爵位も宝具も保て……た……」
彼女の大きな目に、涙が溜まってくるのを僕はただ黙ってみていた。
「必死に功績を立てる私を、体を使って取り入っている売女だと部下や同僚は陰で笑っている。夜伽に誘われた事も、山ほどある。ハーヴェスを奪われそうになった回数を数えれば両手では足りぬ。それでも、必死に王国に仕えてきた。だが……だが、その結果がこれだ!」
瞬きを一つ。
瞳から垂れていく、涙。彼女はきっと今、後悔を振り切ったのだろう。
「私も連れて行ってくれ、すぐる。王など……王国など、滅ぼしてやるっ!」
僕は、頷くしか出来なかった。
悲しみを乗り越えたミリアさんの姿が、あまりにも美しかったから。
「なっ!? ご主人様、本当にこの雌犬も連れて行くんですか?」
せっかくミリアさんの綺麗な姿に見とれてたのに、早速ハチが水を差す。
ん? それにすごく失礼なワードが聞こえたぞ。
「雌犬なんて呼ぶの、やめなよ。ミリアさん、仲間になるんだよ?」
ハチは窘められても、めげずに叫ぶ。
「ご主人様、その女はワーウルフですよ!?」
え……。
って事は、ミリアさんを破ったハチを従えてる僕に服従してくれたりするのかな。
ハチに懐かれても迷惑でしかないけど、ミリアさんに懐かれるなら大歓迎じゃないか。
[そのバカ犬は特別バカだぞ。ワーウルフは、強者に従う習性はあるがハチが例外だと思っとけ]
何だよ、夢がないなあ。
一応ミリアさんの方を見てみるけど、確かにハチの時みたいに服従した感じはない。
まあむさくるしいパーティーに綺麗な女の人いるってだけ、いいんじゃないかな。
[そのむさくるしいにはおれも含まれんのか?]
むさくるしいの筆頭だよ。トップオブむさくるしいだよ、パビラスカさん。
ハチは珍しく、僕の決定にブーブー言い続けている。
うるさいしそろそろ黙らせようかな、と考えている所へ、魔人さんの声がした。
「ワーウルフよ」
魔人さん、ハチの相手してあげるなんてやっさしい!
「ミリアを連れて行くのは、スグルの安全の為だ。主人の安全はお前の望む所ではないのか」
僕の安全ってどういうことだろう。
腕組みをして唸ってるハチ。納得しているようには見えない。
「まず、ミリアの索敵魔法は敵にすれば脅威だ。連れて行くことで、スグルの発見は遅れるだろう。それに、彼女はお前と違って裏切りがばれていない。立場を利用すれば、王都ブガニアを離れる事はたやすいだろう」
ハチはまだ頷かない。
「私は、同じく王国を仇とするこの女を手にかけたくない。苦しみがわかるからだ。となると、殺すならお前がやらねばならぬ。が、それをすればスグルに見放されるのではないか?」
おや。魔人さん、案外あしらうの上手だね。
「うん。ハチの事、捨てよっかな」
僕は便乗するように、畳み掛ける。
「……わかりました」
諦めたように、やっとハチが頷いた。
僕達は、改めてレジスタンスと合流する為の計画を立てることになった。
しかし、一つ問題がある。
「――。だから、今……だ」
「――――。ご主人様……っ!」
「――――――――。」
眠かった。
限界だった。
[――だからな……]
脳内の声まで途切れ途切れ。
だめだ、まぶたが重い。
僕は、そのまま体を横に倒して意識を手放す。
「ご主人様! ご主人様!!」
「やめてやれ、ワーウルフ。疲れているのだろう」
「ふふ、ぐっすり寝てるな。どの道、出発は夜になるだろう。我々も少し休もう」
三人の声が、どこかで聞こえた気がした。
**ブガニア新聞より抜粋**
創立暦三十四年 八月十三日 夕刊
『死刑囚、依然不明』
本日未明に地底牢獄を脱獄した外世界人伊丹克(二十一歳)の足取りは、依然掴めていない。
事態を重く見た保安部は、テロ鎮圧部隊の出動を決定したと発表した。
凶悪な犯罪者の脱獄事件は、連邦王国建国から初めてとなる。
近隣住民は遭遇の恐れがあるので、外出時は充分に注意して欲しい。




