謀略
魔人さんは僕の頼みに一つ頷いて、僕の手にある大鎌を見る。
「ふむ。女……ミリアと言ったか。その宝具ハーヴェスは、お前の祖父ガイゼルがブブガニウスから与えられたものらしいな」
おっと。一気にお姉さんの顔が険しくなった。
「統一戦争で活躍した祖父に与えられた伯爵の爵位と、ハーヴェス。お前が祖父から直接どちらも継いだのだろう」
形のいい唇に、お姉さんの歯が食い込む。
「反逆者として処刑された、お前の父アイセスの代わりにな」
「……っ! 父は反逆などしていないっ!」
叫ぶお姉さんの唇からは、一筋だけ血が流れていた。
「うむ。それも、知っている」
「何っ! それも部下が知っていた事か!?」
ガタッ。お姉さんが座っていた椅子が、倒れる音がした
立ち上がったお姉さんは目を潤ませ、魔人さんに詰め寄る。
「むむ、それは別口だ。私は長い間地底監獄の最下層に捕らわれ、処刑人をやらされていてな。十年ほど前に消した男の情報と、お前の部下の情報が一致した。お前の父は、謀略の犠牲になったのだろう」
動揺を沈めるようにお姉さんは深く息を吐いた。
「誰が……。誰が、父を陥れたのだ」
「その男は謀略の末端を手伝わされた程度だろう。文章の偽造を得意とする小悪党だった。その男が誰に依頼を受けたのかはわからぬ。しかし、私の存在を知るものは限られている」
あ! 思わず僕は手を打った。
「王国政府、だね」
[ああ、それも上層部だろうな]
危ない危ない、会話に混ざり損ねる所だったよ。
会話に混ざるチャンスを見計らっていたのは、ハチも一緒だったようだ。
「さすがご主人様、ご明察です! 不肖ハチ、感激致しました! 地底牢獄にグレンザムがいる事を知っているのは、確かに僅かでしょう。私が知る限りで、王と公爵家、それに宰相。軍人の道を蹴った私めが最下層の看守を命じられていたのも、情報漏えいを防ぐ為でしょう。恥ずかしながら私の家も公しゃ……」
「待て、駄犬」
話を遮る、澄んだ声。
ハチはうるさそうに、お姉さんを見た。
うるさいのはお前だ。
「先ほども気になったが、グレンザム、と言ったか。それは統一戦争の際に暴威を奮った魔人の名ではないか。喰うだの能力を得るだの、この男は誰だ?」
魔人さんを指差して、お姉さんが言う。
「だから言ってるだろうバカめ! お前の目の前にいる、背丈と顔立ちと落ち着いた雰囲気だけが取り得の、いかにも勿体つけた陰がありそうな男がグレンザム・ダイゴノアだっ!」
うっわぁ……妬み全開だよ。
「なんだと……あの魔人が生きていたと言うのか。しかし、プリムステイン家の暴れん坊に、魔人グレンザムを従えているとは……。あなたは一体何者なんだ?」
おっと。
今度は僕に興味が移りますか。
「僕、異世界旅行中のだいが……」
「ふははは、やっとご主人様の偉大さに気付いたかっ! このお方は魔王となり、この世の全てを狙うお方だっ! 今までの不遜を恥じ、足でも舐めるがイタアアアアアイッッ!」
人がしゃべってる途中で邪魔するんじゃないよ。
[……。そろそろ、おれ慣れて来たわ]
「魔王だと? 王国に仇なすと言うのか」
もがき苦しむハチを思いっきり無視するお姉さん。
「うん、僕はこっちで死ぬ訳には行かないからね。絶対に元の世界に戻るんだ」
[しゅーしょくのためになー]
なんだよ。大事じゃないか。
「いかに猛者を引き連れているとはいえ、正気の沙汰とは思えない。個人が大勢を相手になど……出来る訳がないのだ……」
お姉さんはまた、がくりと肩を落とす。
多分、本当は仇を討ちたいんだろう。
と、黙ってやり取りを聞いていた魔人さんが口を開いた。
「うむ。個人では無理だろう。スグルの魔法は恐るべき力を持っているが、たった一人の武力で太刀打ち出来る相手ではないことを私はよく知っている」
そして、お姉さんの方に歩み寄って、肩をぐっと握る。
「力を貸せ。私も大事なものを王国に奪われたのだ。長らく無力な自分を恥じていた。死んでピアーニャの事を覚えていられなくなるのが嫌で、王国に従い続けた。しかし、スグルとなら無念を晴らせると思うのだ。単身でこの私を一方的に、そして理不尽に倒した、そこの少年ならば」
王国に大事なものを奪われた二人。
その二人の、どこか助けを請うような目が僕を見つめていた。
ねえ、おっさん。
[なんだ]
あんな風にさらっとボディタッチ出来るのが、モテの秘訣なのかな。
[兄ちゃん、ほんと真面目にやれよな]
**黒皮の日記帖より抜粋**
※この日記帖は、初代魔王に近しいものが書いたと言われている。
当時貴重だったスネイル・パイソンの皮が表紙に使われており、保存状態は比較的良好。
しかし、解読出来ない内容が多々あり、歴史的な価値はないと断言する専門家も多い。
尚、暦は当時のものを翻訳せずに使っている。
――――以下引用
一月一五日
何もする気が起きない。今年こそ彼女が欲しい。
二月二〇日
公爵家より使いが来る。親父に軍に入れと怒られた。あの※※な※※(解読が困難だった)め。敗れたわけでもないのに、バカ正直に従えるか。
五月三日
久しぶりの日記。はぁ、それにしてもモテたい。
八月二六日
やっと仕えるべき主君を得る。
圧倒的な力に、あの蔑んだ目、尊大さを隠そうともしないあの振る舞い!
従う事がここまで素晴らしいとは、思いもしなかった。
私はここに、ご主人様にこの生涯を賭けて仕えることを宣言する。
そしてゆくゆくはご主人様の※※※※※※※※(ここから先は全て卑猥な表現の為、解読はなされていない)