仲間
取り敢えず、もう危険はなさそうだった。物騒なお姉さんは戦意をなくしてるみたいだし、バカ犬は眠りについている。でも、問題は何も解決してないんだよなあ。
[西へどう向かうか、か]
そうそう。まずレジスタンスに合流しないと。取り敢えずハチを起こそう。おや、魔人さんが帰ってきた。
「ふむ。外の敵は片付いた」
さすが魔人さん。
「むむ。何故ワーウルフが泡を吹いて倒れている。この魔法の残滓……スグルがやったのか」
あ、やっぱりわかるんだ。
[西部には解析に特化した部族もいたからなあ]
なるほど。取り敢えず、成り行きを説明しよう。
「ふむ……なるほどな。正に魔の覇道を突き進むに相応しい理不尽さだ」
魔人さんは説明を聞き終え、開口一番にそう言った。
[そりゃそうだろ、お前の説明はどう聞いても「気持ち悪いからやった」って言ってるようなもんだ]
えー。気持ち悪いのは事実だよ。
「で、その女はどうする。既に戦意はなさそうだが」
そうなんだよねえ。僕らの事捕まえに来たんだろうし、このままって訳にもいかないよね。僕は魔人さんの質問に思わず腕組みする。もう色々どうしよう。
「うーん、もっと蔑みの目を……」
やべ。こっちが悩んでるのに変態が目醒ました。不穏な寝言を口にしながら、起きないで欲しい。そして早速僕の事を見つけ、お姉さんに向けて牙を向く
。
「ご主人様、女から離れて下さい! 今度こそトドメを」
「ハウス」
うるさくなる前に、ペインで黙らせておく事にした。お姉さんはハチがいそいそと僕の傍へ駆け寄ってくるのを、目を見開いて見ていた。
僕と魔人さん、そしてハチ。僕達三人は、椅子に座ったお姉さんを囲んでいた。今後の処遇を決めないといけないし、ハーヴェスを取り上げてあるとは言え警戒が必要だったからだ。
「ご主人様。この女はここで殺しておくべきです」
ハチはさっきから、お姉さんを殺す事ばかり主張している。
「テロ鎮圧部隊の一つ、ハウンドに目をつけられれば逃げ切る事は困難です。ここで殺してしまいましょう」
さっきからこの調子だ。自分のせいだって事、忘れてるんじゃないかな。
「スグル。反乱とは、育つ反乱の芽とそれを刈り取るものの戦いだ。レジスタンスとの合流を察知されるのは、遅ければ遅いほどいい。この女を生かすは、刈り取りの時期を知らせるようなものだぞ」
魔人さんまで。
「うーん。でももう戦意ないみたいだし、わざわざ手出しする事はないんじゃないかなあ」
あれ。魔人さん、予想外にも頷いたぞ。
「うむ。何も殺そうと言っている訳ではないのだ。協力を仰ぐと言うのはどうだ」
「馬鹿を言うな、グレンザム! この女は、ご主人様を手にかけようとしたのだぞっ! ねえ、ご主人様?」
ハチがそんな馬鹿な、と言う顔で大声を上げているが、魔人さんは構わず続ける。
「外の連中を食ったのだが、面白い事がわかった。女よ、随分冷遇されているようだな」
ずっとうつむいていたお姉さんが、やっと顔を上げた。
「……何を知った」
「うむ、全てだ。お前の部下が知っていた事は、全て私が知った。随分冷遇されているようだな」
悔しげな顔のお姉さんと、相変わらず悲しげな顔の魔人さんは見つめあう。
「だからと言って、裏切る理由にはならんっ!」
お姉さんは、何かを振り切るように短く叫んだ。
「ふむ。しかし、どちらにせよレズドール家は無くなるぞ。お前が知らされていないだけだ。お前の部下は、皆知っていた」
お姉さんの吊り上った大きな瞳は見開き、そして涙が溢れ出す。
「グレンザムさん。説明してくれる?」
押し殺すようなお姉さんの啜り泣きが響く中、僕は先を促した。
[兄ちゃん兄ちゃん。何でハチのことずっと無視してんだ? あいつずっと涙目でこっち見てるけど]
今シリアスなとこなんだから、黙っててよ。
**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**
旧ブガニア国の覇道を拒む呪われた部族カリーシア。
彼らが生み出した、汚らわしき魔人が持つ力は幾度となく王国の兵士を窮地に追い遣った。
魔人の特性は、単純明快。
彼の呪われし大口は、呑まれたものが持つ能力を全て魔人の力とする。
仕官が喰われれば情報を奪われ、作戦行動は筒抜けとなった。
魔術師が食われればその力を奪われ、いくつもの貴重な魔法が魔人のものとなった。
邪悪な魔人の力は猛威を奮い、王国の民や兵士を恐れさせた。
だがしかし、いかに凶悪な魔人といえど賢明なるブブガニウス王には及ぶべくもなかった。
知略を巡らした王により、魔人を使役していた者を捕らえることに成功したのである。
こうして、最大の脅威の一つとされた西部の魔人グレンザム・ダイゴノアは敗れ去った。