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反撃

 魔人さんに運ばれた僕は、現実逃避により無事死の恐怖に打ち勝つ事に成功していた。ハチは既に到着していたらしく、僕達の到着を嗅ぎつけたのか尻尾を千切れそうなほど振りながら出迎えてくれた。待ち合わせた酒場の窓から主人の帰りを大喜びで出迎える様は、本当に飼い主を待っていた犬のように見えなくもなかった。


 まあ、年上でむさいだけの男従者なんて、大して価値はないけど。


[兄ちゃん、なんでハチにはそんなに辛らつなんだよ]


 いやいや、あいつ僕の事殺そうとしたんだよ。それに変身前の人間の姿見てるから、何か懐かれてもいまいち嬉しくないんだよね。


[言わんとすることはわかるけどよ。ワーウルフで変身自在なんざ、貴重な戦力なんだぞ]


 へえ。すごいんだね、興味ないけど。



 そう言えば、ずっと変身したままだけど戻らないんだろうか。居酒屋の中に入った僕は、早速ハチに声をかける。


「ねえ、ハチ」


「何でしょうご主人様! 不肖ハチ、ご主人様のお荷物は全て回収しております! 一通りお荷物の匂いチェックは終えておりますが、ご主人様のかぐわしい香りも残っていて大変結構なお手前でした!!」


 生き生きと荷物を差し出しながら答えるハチに、思わず僕は後ずさりをする。……匂いチェックって何だよ。


「う、うん。次に匂いチェックしたら、捨てるからね。所でハチはなんでずっと変身してるの?」


 取り敢えず荷物を受け取りつつ、ハチに聞いてみた。


「わかりました、今後は味覚チェックをさせて頂きます。変身する理由ですが、地下監獄からご主人様のお荷物を回収するには、戦闘は欠かせませんでしたので」


 味覚チェック……? いや、それより戦闘ってなんだろ。


「僕の荷物を取り戻す為に、戦ってくれたの?」


 僕は思わず訊ねる。看守をしていたハチなら、簡単に取り戻せるものだと思ってお願いしたのに。


「監獄を出るのはたやすいのですが、犯罪者の持ち物の中には犯罪の証拠になるものや、テロの道具になるものもあるので厳重に警備されているんです。多少の戦闘はありましたが、ご安心下さい。彩りに欠ける地下監獄を深紅に染めて参りました」


 ハチは生き生きと答える。その体毛や爪に『彩り』の余韻がうっすら見て取れた気がしたけど、見ないふりをした。



 それにしてもハチ、僕にはあっさり倒されたのに強そう。


[当たり前だろ。最下層の死刑囚を任されるって事は、腕はそれなりに立つはずだぞ。自在に変身出来るワーウルフは、ウルフへジンって呼ばれてな。神聖な戦士として崇められる事もあるくらいだ]


 へー。


[ワーウルフは本能に忠実な種族だ。いい年になるまで番が見つからないなんて稀だし、神の情けってやつだろ]


 五十年も童貞なのは不憫、って事か。目の前で尻尾を振りながらこっちを見ているハチへ、思わず僕は哀れみの目を向けた。


 ま、そんな事どうでもいいや。これで僕のおしゃれ服、カーキのチノパンにチェックのシャツ、ネイビーのカーディガンが戻ってきた。ダサい囚人服から、僕はいそいそと元の服装に着替える。『今年の大学生の服はこれで決まりだぜっ』特集を見て選んだ、僕の勝負服なんだ。


[いかにもモテなそうなやつが着る特集だな]


 おっさん。こういう努力が、モテに繋がるんだよ。おっさんも努力しないと。小汚い格好じゃモテないんだからね。


[じゃあ、効果は出たかい]


 ……これから出るんだよ、これから。



 脳内で不毛な会話を繰り広げていた僕達に、突然声がかけられた。


「そろそろ、約束のトンコツ・ラーメンをもらえるだろうか」


 話しかけてきたのは、陰気な顔に少しの期待を滲ませた魔人さんだった。僕は尻ポケットから財布を取り出し、千風堂のスタンプカードを引き抜いて渡す。


「はい、これ。これを持って千風堂に行けば、とんこつラーメンが食べられるよ」


 魔人さんは今度こそ顔に喜びを表し、いそいそと受け取った。


「うむ、確かに。これでそのトンコツ・ラーメンとやらを手に入れられるのだな。では私はこれで失礼する」


 再び羽を生やす魔人さん。これで去られしまうのは、まずい気がする。僕は慌てて呼び止めた。


「あ、替え玉はいらないの?」


 僕は替え玉無料券を振って、颯爽と魔人さんの関心を引きはじめる。案の定、魔人さんは羽をしまい、振り返った。


「カエダマ……だと。そう言えば地底監獄でも言っていたな。それは何だ」


「とんこつラーメンをより楽しめる、素晴らしい仕組みだよ。味を変えてもう一度スープを味わえるんだ。グレンザムさん、沢山食べられるんでしょ? 一玉じゃ物足りないんじゃないかなあ。極上のスープを一回味わって終わりでいいのかな。そのスタンプカードじゃ、一杯しか食べられないよ?」


 すかさず僕は畳み掛ける。多分、この魔人さん(ちょろい)を買収する機会はこれが最後だ。逃しちゃならない。


「脱出は無事済んだはずだ。私は早く、トンコツ・ラーメンを味わってみたいのだ。どうすればそのカエダマを分けてもらえるだろうか」


 よし、食いついた。


 魔人さんの質問に対する答えは、決めていた。魔王になるまで付き合って、だと断られるかもしれないから、まずは手近な頼みをしてみる。


「反政府勢力がある所まで、連れてってくれないかな」



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

緑葉の月


旧ブガニア国の政治的弾圧は、当時の民に大きな苦痛と苦難を与えていた。

しかし、勇敢な戦士達は圧政を強いる政府へ反旗を翻す機会を見計らっていた。

それが、【西方の紅蓮】

旧ブガニア国により厳しい弾圧を受けた西部部族の生き残りで結成されたレジスタンスである。

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