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 僕は、飛んでいた。例えや誇張ではなく、空を飛んでいた。英語で言うと


 あいむふらいんぐいんざすかい いん あんなざぁわーるど!


 まあそういうことだ。とにかく飛んでた。そうだ、このまま飛んでいこう。僕の背中には羽ばたく翼があるんだ。羽と言えば無性に焼き鳥が食べたいな。


[兄ちゃん]


 あ、バイトばっかりで今年も夏祭りにもいけてない。屋台のたこ焼きと焼きそば、食べたいな。いやいや、その前に日本に戻ったらラーメンを食べよう。このまま飛んでいけば日本にもすぐ着くだろう。ふふ、食べるぞお。そうだ、僕はどこまでも飛んでいけるんだ。この空を……


[兄ちゃんってば]


 何だようるさいな。僕はこのまま日本に行くの。


[行けねえよ、ここは兄ちゃん達が言うところの異世界なんだから]


 そんなはずない。そんなはずないんだ。僕はこのまま日本に帰るんだ。


[無理だってば。さっきから現実逃避してるけど、高いとこ怖いのか?]


 ……飛行機ならともかく、魔人さんに抱きかかえられてるだけなんだよ、今。命綱も何もない空の旅なんて、命の危機以外のなにものでもないって。


 ――まさか転移先が空の上とは。



◆◆◆◆◆◆


 何故こんなことになっているか、説明しよう。

 例の魔法陣を使う為に、僕たちは魔人さんの手を借りる事になった。魔人さんが跪いて転移陣に手を触れ、牢の景色が光で包まれていき、そして光が収まると、無機質な景色は晴れ晴れとした青空に僕たちはいた。じめじめとして陰気な空気は、登山を終えた時に味わうような清浄な空気に変わっていて……そして、今はこんな目にあっている。


 どうやら魔人さんの牢にあった転移陣は、木の枝の上に繋がっていたらしい。といっても、小鳥がさえずるかわいらしい木の枝じゃない。中型の車くらいなら載りそうな、それはそれは立派な木の枝の上だった。


 風が強くて、しっかり立ってないと吹き飛ばされそうだ。


[ほほう、ここはラピエンタの森じゃねえか。枝の太さから察するに、こりゃ樹齢二千年を超える森の長老の枝だろうな]


 天に浮かぶ森っていうキャッチコピーで有名な浮遊島だね。観光しに行ったよ、地上から双眼鏡で眺めるだけだったけど。


[そうだろうな。ここの森に生える木は特別な種類でな、気軽に立ち入れるもんじゃねえんだよ]


 そうなんだ。ガイドブックには、ブガニア連邦王国の国樹がある神聖な土地だからって書いてあったけど。


[バカ言え。神聖な土地って本気で思ってるなら、凶悪な囚人の牢と繋がってるのはおかしいぜ]


 あ、ほんとだね。


[方便だよ、方便。全く、本当にいけすかねえやり方だぜ。だがこっからどうやって戻るんだろうな。ハチとは、オークに襲われた廃墟の酒場で落ち合うんだろ?]


うん。こっちの地理詳しくないし、人気無さそうな場所ってあそこしか思いつかないからね。でもここからどうするつもりなんだろう。魔人さんに聞いてみよう。


 僕は、転移陣に再び手をかざして何かをしている魔人さんに声をかける。


「あの、グレンザムさん。ここからどうするんですか?」


「うむ。降りる」


 魔人さんはこちらも見ず、簡潔に答える。あれえ。どう考えても求めてる答えと違うぞ。


「どうやって降りるんでしょう? ここ、空の上ですよね……?」


「うむ。飛ぶ」


 また、えらく簡単な回答が返って来た。



 うーん。わかるように説明して欲しいなあ。


「はあ。わかるように説明してもらわないと、ちょっと貴重で希少な僕の宝とんこつラーメンは食べさせられないかもしれないですねえ……」


 僕はやむをえず、丁寧に説明を求める事にした。このままじゃ埒が明かない。


「うむ。ここは人目に着かぬ森の上、私の力が十二分に振るえるのだ。私は呑んだものを力に変える魔人。つまり」


 僕の言葉にやっと振り向いた魔人さんは、背中からはメリメリと生々しい音をさせながらすらすら説明しだす。


「翼人のように飛ぶことなど造作ないのだ。トンコツ・ラーメンの約束、忘れずに頼むぞ」


 陰のある整った顔でそう言う魔人さんの背中には、二対の大きな翼が生えていた。




[兄ちゃん、魔人を脅すなんてホントろくでもねえな]


 やり取りを黙って聞いていたおっさんが、ぼそりと呟いた。ここで放り出されたら帰れないし、それに牢の中で『ハチと合流するまで手伝ってくれる』って決めたんだから当然の権利だって。


「では、行こう。くれぐれも、トンコツ・ラーメンの事だけは宜しく頼む」


 魔人さんが。がっしりと僕の腰に腕を回し、抱き寄せた。で、飛ぼうとした。 ちょっと待ってほしい。安全対策が不十分だよ。人力で人の命を支えようなんて、傲慢にも程があるよ。


「え。そんなラフな感じで僕を運ぶんですか? 落ちたら死んじゃうんですけど」


 僕は子犬みたいに魔人さんの腰の辺りに抱えられたまま聞いてみるが


「大丈夫だ。トンコツ・ラーメンだけは守り抜く」


 とだけ返事が返ってきた。その場合、僕の安否は保障されてないんですけど。


 僕の心配をよそに、体は立っていた枝を離れて森の上空に飛び出した。あろうことか、魔人さんは既に飛び立っていた。

 

 視界には空の青と木の緑が広がる。ただ、景色に感動している余裕は全くない。何故って、体に当たる風が強く死を意識させるからだ。



 こうして、僕の空の旅は始まったのであった。あまりの怖さに、僕はすぐさま視覚情報をシャットダウンし、意識を手放したことは言うまでもない。ちなみに、意識を取り戻したら何やら興奮したハチの顔が目の前にあった。



**ブガニア新聞より抜粋**


創立暦三十四年 八月十三日 朝刊


『二十年ぶりの死刑囚はなんと外世界人!!』

本日、魔法取締法違反の現行犯で、外世界旅行者伊丹克(二十一歳)が逮捕され、ブガニア法に則りその場で死刑が確定した。伊丹死刑囚はふてぶてしくも堂々と犯罪を認め、大声で違法魔法の使用を認めたと言う。死刑が確定した犯罪者は実に二十年ぶり、外世界人が死刑宣告を受けるのは初となる。今後の外世界政府の対応が注目されているが、ブガニア連邦国政府は交渉の余地なく死刑を執行する意向。



創立暦三十四年 八月十三日 夕刊


『死刑囚、脱獄す!!』

本日未明、同月十二日に魔法取締法違反で投獄されていた外世界人伊丹克(二十一歳)死刑囚が、地底監獄から脱獄していた事が明らかになった。伊丹死刑囚の所在は、現在掴めていない。


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