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始まり

2017/1/21

ファン(感涙)の方から挿絵頂戴しました!この1部のあとがきの所に主人公イラストが入ってます!

2017/2/4

再び、挿絵頂戴しました!8部と22部のあらすじの所に、イラストを入れてあります。もし良ければ是非!



「ぎゃああああぁぁぁぁいたいいいいいいぃぃぃ……」

 

 すごく、痛そうだ。目の前では、屈強な大男がうずくまっている。身を縮めて痛みに転げるその姿には、強さも誇りも感じなかった。まるで赤ん坊のように、大男が必死に痛みを訴える様を、僕は見ていた。


 頬が熱をもったように痛む。ついさっき、この転げまわる大男に殴られたせいだ。口の中が切れているらしく、口の中には血の味が広がりだしていた。この分だと、ガイドブックに書いてあった激辛あんかけ焼きそばは諦めるしかないようだ。


 ため息がこぼれる。せっかく憧れの一人旅の最中なのに、せっかくのプランが台無しだ。それもこれも、この男のせいだ。


「てめえこのままで済むと……」


 痛みに耐えながらも、殺意を滲ませ目の前の男が睨む。


「あっ。あひいぃぃごめんなさいぃぃぃ」」


 しかしそれも、長くは続かない。大男は言葉が言い終わる前に突然身をひくつかせ、更に苦痛に顔を歪ませた。


 はっきりいって、情けなくて見てられない。涙と鼻水でぬれるその顔には、先ほどまでの傲岸さはもう欠片もなかった。男は、ひたすらつま先を押さえながら転げまわる。


 なんて情けない姿なんだろう。ああ、みっともない。呆れて、かける言葉もなかった。


 いやまあ、大男を痛めつけてるの、僕なんだけどね。


◆◆◆◆◆◆


 僕は伊丹克(いたみすぐる)、川崎市に住む大学四年生だ。ブガニア国へは、観光旅行でやってきている。一年間をひたすらバイトに費やしてやっと叶った、憧れの一人旅……それも、念願の異世界旅行だった。


 この次元を渡る『異世界旅行』が確立されたのは、10年以上前の事だ。当時小学生だった僕にとって、その当時テレビで何度も放映された『異世界』はまさに夢の国に見えたことを、今でもよく覚えている。角の生えた人間や人魚、魔法使いの存在が現実のものとしてお堅いテレビやなんかでガンガン紹介されたのだから、当然といえば当然か。


 だがしかし、さっそく異世界旅行をねだった僕の頭に、父親の拳(ゲンコツ)が落ちてきた。

一般人でも行けるには行けるのだが、異世界旅行に行くだけの金があれば、きっと我が家は母親の機嫌を取る為に家を躊躇なく立て替えていただろう。


 異世界旅行は、とても……それはもう、とても(・・・)高額だったのである。恐ろしく高い費用がかかる『異世界旅行』に初めからいけたのは、セレブな皆さんや撮影にいった映像関係の企業くらいだった。一般庶民には、かなりハードルの高い価格設定だったみたいだ。


 が、それから月日は過ぎ、ランドセルを背負っていたはずの少年は清い体のままで青年になった。……やかましいわ。


 数百万が必要だった異世界旅行も、何年も経てばさすがに真新しさが減り、旅行会社の貪欲な価格競争のおかげで随分安価になっていた。以前は頻繁に組まれていた実況番組や、異世界で実際に撮影した映画も、今では当たり前になってきた。そしてこれは余談だけど、不思議なもので異世界に行けるようになっても、二次元の文化は一時的な衰退の後、また盛り上がりを見せているらしい。さすがジャパン、異世界と言われても三次元には用がないようだ。


 そして遂に、一学生に過ぎない僕も、ギリギリなんとか賄える低額ツアープランまで発売されるようになったのである。身を分子レベルまで粉にして働くか、毎食をもやしで済ます覚悟が必要なレベルであることは、追記しておこう。

 

 大学生活最後の夏休みを利用して、長年の夢は叶った。経済的に一週間ほどの滞在が限界だったものの、憧れに憧れたブガニア連邦王国を訪れる事が出来たのである。異世界パスの取得も、異世界ドアの利用料も決して安くはない。必死で貯めたバイト代を一週間で消すなんて、この先の人生で二度とないだろう。


 短い分、楽しむつもりだった。ひたすらガイドブックを読み漁って、吟味に吟味を重ねたツアールートには一分の隙もないはずだった。天に浮かぶ森、羽の生えた麗人、風が歌を歌う丘。全てが真新しく新鮮で、僕は寝る間も推して旅をした。


 それなのに……。


「はあ。厄介ごとに首をつっこむなんて僕らしくなかったなあ。どうしよ、これ」

「あっ。あっ。あっ」


 壊れたように、ピクピクと僅かな反応しか見せなくなった大男を見る。取り合えず、この暴漢は保安部に突き出すしかなさそうだ。ガイドブックにあった『困ったときに泣きつくべき十の場所』を思い出しながら、僕は歩き出す。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

緑葉の月


後の初代魔王、ペイン・ブリンガーは突如この世界に現れた。

彼の来訪を目にした幸運な国民は皆、その姿を同じように供述している。

その姿は、まるで気軽な旅行者のようないでたちであり、その手には観光客が必ず手にするガイドブックを持っていた、と。


挿絵(By みてみん)

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