第1話 8個分の0
2015年 2月15日 午後7時56分 日本の北陸で人が1人も死んだ。死因は脳梗塞。
死んだ者の名はイフロ ランオウ、漢字で書くと衣附炉 鸞王。何の取り柄もなく性格も悪く努力しないニートだった。
イフロの死は役所のデータの極僅かな変更ぐらいしか世の中に影響を与えることができなかった。
イフロの視界は暗く黒くなるはずだった、しかしそうはならなかった。
「俺は死んだのか? ここは? 」
目の前にはよくわからん建物。見たこともない文字で何かが描かれているが不思議とその文字を衣附炉は理解できた。
「コロシアム……ね。ふふちょうどいい」
イフロは自らの力が凄まじい事になっていることを本能のさらに奥深くで感じとっていた。それゆえにイフロにとってコロシアムは自分の力を試せる最高の舞台だ。
イフロはコロシアム内部に入る。
「おい受付。俺をコロシアムで戦わせろ」
イフロが受付の女性にそう言う
「あ、はい。じゃあまず試験を受けてください」
受付の女性は事務的に言う
「テスト? 」
イフロは眉をひそめる。
「はい。このコロシアムで戦うには剣闘士協会の認可を受けた剣闘士にならなければいけませんそして剣闘士は魔法資質すなわち一定以上の魔力がなければなりません、そして一定以上の魔力があるかどうかはそこの水晶球を触ればわかります。ちゃんと魔力を込めないと魔力が極めて多い人でも反応すらしませんよ」
受付の女性は淡々と言う
「触ればいいんだな」
イフロは水晶球に触れる。
「……1万?! 」
受付の女性はギョッとする。
「1万ってすごいの? 」
「ええ、まあ魔力保持者上位5%の中に入ります。しかもそれはもっと特別な機材を使い全力を出しての数値を測った場合で1万の場合です。なのであなたの場合はもっと上かもしれませんね」
「そうなんだ。じゃあ合格? 」
「はい文句なしに合格です。ではこの書類にサインして下さい」
受付の女性は色々書かれた紙を出す
「ああ」
イフロはイフロ ランオウと書く
「はいイフロ様。ではあちらの部屋で講習を受けて下さい」
「ああ」
受付の女性の指し示す部屋にイフロは入っていった。
「あ、合格者? 講師のエルマタだよろしく」
誰もいない部屋で椅子に座っていたおっさんがそう言った。
「ああ」
イフロはエルマタの講習を受けた。
「ちなみにどこ住んでんの? 」
エルマタがイフロに聞く
「ニホンのイシカワのカナザワという所だ」
イフロがそう答えると
「え、ニホン? どこそこ? 」
イフロは魔力がどうこうと言う話とエルマタの反応でここは異世界であると考えた。ということは住んでいる場所などないので
「じゃあ、ホームレスだな」
「じゃあ、ここに泊まる?」
「ああ」
イフロはコロシアム内の剣闘士専用宿でタダで泊まらせてもらえた。
朝イフロが目が覚め、しばらくするとドアノックが聞こえた。
「どうぞ」
そうイフロが言うとメイドが入ってきた
「イフロ様……あなたに挑戦状が来ています」
メイドが挑戦状と書かれた紙を渡してきた。
剣闘士は戦いたい相手に挑戦状を送り相手がそれにOKすれば決闘すると言うシステムがある。
「初日そうそうか……どんな奴から? 」
イフロが挑戦相手の事を聞くと
「ウルフ・ジョー……新人潰しで有名な人です」
「カス以下の雑魚相手にいい気になるタイプの人ね。負ける気がしないいいだろ受けて立つ」
「よろしいのですか? 」
「よろしいです」
「では決闘日時は後日通達します」
「うん」
次の日、決闘日時は3日後と言う通達が来た。
◆◇◆◇〜3日後〜◇◆◇◆
イフロは青い空と白い大地しかない世界に立っていた。
『無彩の世界』それがこの世界の名前だ。この世界での怪我や破壊はなかった事になる世界だ。つまりここで相手を殺しても現実では傷一つついていない状態で戻るということだ。そして外からこの世界を覗くこともできるしこちらもその気になればこの世界への入り口近くの現実を覗く事が出来る。闘技所としてはうってつけの世界だ。
「まずは青コーナーァ! 魔力量驚きの1万を叩き出した期待の新人! その才能の煌めきで世界最強の道を駆け上がるのか!? イィフロ・ランオォ!!」
実況の声が響く
「対して赤コーナーァー! その確かな実力で数多の才能あふれる新人を潰し! ついたあだ名が『若葉採り』! ウゥルフ・ジョォォ! 」
手に大きな戦斧を持った、ゴワゴワの灰色の長髪は生やした筋骨隆々の大男が余裕がある嫌みな笑みを浮かべ現れた。
「新人対新人潰し! いつも通りウルフが新人を潰すかイフロが規格外の才能を見せ新人潰し潰しをするか! 期待の一戦です!! それではレディーファイト! 」
ゴングを鳴り響く。
「おおっと両者ともに動きを見せない! お互いの様子を見あっている! 」
実況はテンションが上がっていている
「動かないのか? 若葉採り……」
イフロはウルフに語りかける。
「ずいぶん余裕だな期待のルーキーさんよぉ〜俺はなルーキーにはいつも一撃お見舞いさせてから叩きのめしているんだよな、なぜかわかるか? それはなぁ! 才能があり努力してきたと自分で思っている新人の一撃をあえて受けそしてまるで効いていない俺を見て戦意を喪失した顔が見たいからなんだよなぁ〜! ヒャーハハハアァ! 」
ウルフは甲高い声を上げる。
「マッチョ、斧、自信家の下衆。お前はそんなに自分がいかに噛ませ犬かアピールがしたいのか? ずいぶん変わっているな」
「噛ませ犬? 俺が? ふ……あはははは! A級の俺が? 実質最上級であるA級のこの俺がか? オイオイオイ……お前さ、すげぇ面白い奴だから剣闘士なんてやめて今すぐ芸人でもなったらどうだ? 」
「芸人? 俺が? ふふ……意外に謙虚だなお前」
「あ!? 何が言いたい?」
「いやなに……最上級はS級だぜ。なのに「実質最上級であるA級のこの俺がか? 」なんてギャグを言えるんだお前の方が芸人向きだ、剣闘士なんてやめてなったらどうだ芸人に? 」
「お前さ……まさかS級気取りか? 完全に常識外規格外人外の三拍子揃ったS級気取りなのか? 恥ずかしい奴だな」
「恥ずかしいのは雑魚相手にいい気になるしか能の無いお前だろ」
「お前は自分の魔力量によほど自信があるようだな。なにも知らない無知なイフロくんに教えてあげるよ、いいか1万なんて魔力量はな俺が少し魔力を込めた程度なんだよ! 」
「俺もそうかもしれないだろ? 想像力が欠如しているねウルフくんは頭の病院に行った方がいいんじゃ無いの? 」
「ふふふふふ……仮にだ、もし仮に俺と同程度の魔力量だとしてもだ、決闘は魔力量の多さだけで勝てるわけじゃ無いぞ。お前はマッチョを噛ませ犬要素の1つに挙げたな……それはおおいに間違いだ魔力で身体能力を上げられるから筋肉鍛える奴はバカなんて言うがそう言う奴の方がバカだ。いいかバカなお前に教えてやる、身体能力については『魔力よるブースト』と『本来の身体能力』では『魔力によるブースト』の方がはるかに役に立つだがB級レベルのカス魔力なら問題無いがA級の多大な魔力では『魔力によるブースト』に肉体に大きな負担がかかるそして魔力は肉体に負担をかけないように魔力が肉体の消費を肩代わりするように人の身体はできている、そして『魔力によるブースト』を強くすれば強くするほどそれを補う魔力は爆発的に増える、しかし肉体を少し屈強にするだけで補う魔力は劇的に減少する! さらに『魔力によるブースト』と『本来の身体能力』足し算ではなく掛け算のような関係つまり『魔力によるブースト』がどれだけすごくても『本来の身体能力』の影響力は変わらない! つまり『魔力によるブースト』が大きくなればなるほど『本来の身体能力』が重要になるわけだ! 」
「そうかそうか、勉強になったよ。」
「ハッ! そのヒョロイ身体じゃあ俺の100倍近い魔力が必要だな。バカなお前のために言っておくがこれは挑発や憶測ではなく予測だぞ! 」
「え! たった100倍でいいの?! じゃあかかってきていいよ」
「その減らず口は一生の思い出にしておけ、なんせ人生最後の減らず口なんだからな! 圧倒的な力による恐怖を脳に刻み込ませてやる! 」
ウルフはイフロの腕を切り落とすよう軌道を描き斧を振るう。しかしウルフの斧はイフロの肉に食い込むことすら許されなかった。
「な……な……なに??! 」
ウルフはうろたえる。
「せっかくだいい事を教えてやる……俺の魔力量1万は少し魔力を込めたでは無い全く魔力を込めてないだ」
イフロは静かにしかししっかりと答える。
「ば……バカな!? 少し込めると全く込めないは1と0の様に圧倒的な差がある! そ……それで1万……! 俺でも全く魔力を込めないだと魔力量は1以下だ……! つまり俺とこいつの魔力量の差が1万倍以上ある最低でもだ……! そんな! バカな! ありえない! 」
ウルフは汗をかき怯えた子犬の様な目になる。目の前に常識外規格外人外の三拍子揃った存在まさにS級がいるからだ。
「たった1万倍とはずいぶん安く見られたな」
イフロはウルフの首を掴み前に放り投げる。辺りはウルフと空気の摩擦熱により発生した炎の光より太陽より眩しく輝くがそれは刹那にも満たない時だけであったそして僅かに遅れて衝撃によるソニックウェーブがイフロの視界に映る自分以外を蹂躙し尽くした。
「おや、すまない。100万倍のつもりが間違って1億倍の力を出してしまった。どうやら俺は魔力の微調整が苦手な様だ」
イフロが灰すら残らず消滅したウルフと破壊され尽くされた世界を尻目にそうつぶやくと
「イ……イフロの勝ちです……ね」
実況は訳も分からずポカンとした口調でそう言った。