空を覆う
暗い夜道を徒歩で帰宅していると、思わぬ足止めを食らった。
いつもの帰り道が工事中ということで全面通行止めになっていたのだ。
今朝までは普通に通ることができていたのに。
二本の太い鉄パイプと標識でバリケードが作られ、クルマだけでなくヒトの通行も制限されている。
無視して進もうかとも考えたが、すでに舗装はなくなっており歩くことすら困難に思えた。
アスファルトがはがされて砂利だけになった道がはるか遠くの闇のなかへとつづいている。
バリケードのわきに、『迂回路』という文字と方向を指示する矢印が描かれた案内板が置かれていた。
手にもったアタッシュケースを見る。
今日はヒトからたのまれて運んでいるものがあるのだ。あまり遠回りにならなければ良いが。
そう考えながら標識が指定する方向へと進んだ。
看板の指定した迂回路は初めて通る道だった。
大通りしか使用したことのない自分にとって、細い道が入り組んだこの場所は未知の領域だ。
自分の家からそう遠くないにもかかわらず、まったく道がわからない。
――家の方向へ向かって歩いていけば着くだろう。
楽観的な考えで道を進んでいたが、さすがにそんなことも考えていられなくなった。
歩いているうちに方向がわからなくなり、いつのまにかあたりは真っ暗になってしまった。
周囲に民家や建物はあるがヒトケがまったく感じられない。
足元も、アスファルトではなくなり、ワダチの目立つ土の地面になっている。
もう、もと来た道すらわからない。
いまの気分と比例するかのように、アタッシュケースがやけに重く感じる。
しかたなく自分の歩いてきた道を信じてまっすぐに進みつづける。
切れかけの街路灯がときどき明滅してくれることが唯一の救いだった。
しばらくして前方に、進行方向とはすこし離れたところに明るい光を見つけた。
数分歩いてたどり着くと、そこは小さな公園のいりぐちだった。
公園のなかのほうに外灯が明るくかがやいている。
数があるため、道にあった街路灯よりもはるかに明るい。
明るいというだけで安心感がある。
外灯のしたにあるベンチにふたりの人間がいた。
遠目に見ても、あまりかかわり合いになりたくないタイプの人種だとわかる。
明かりに近づきたいとは思うが、ふたりにはあまり近づきたくはない。
だが、ふたりはこちらに気づき、ゆっくりと近づいてきていた。
片方が直線で近づき、片方が回りこむようにしてボクの退路をふさぐ。
口元だけをバンダナでかくしており、ひとりは細い小さなナイフを手にしている。
なにも言わずにナイフをボクへ突きつけている。
ボクが玄人というわけではないが、どう見てもふたりは素人だった。
刺そうとするナイフのもち方をしているが、反りかたや刃の付きかたから考えて、刺すためのナイフには見えない。切る・裂くなどに用いられるものだろう。
もしあんなものでなにかを刺したならば、手をすべらせて自分の指を落とすのがオチだ。
ふたりとも身長もそれほど高くなく、雰囲気や挙動からして若さが感じられる。
そのせいで立ち振る舞いがすべてお遊戯じみているのだ。
そんな素人とはいえ、光り物をにぎる人間が怖くないわけはない。
ナイフをもったひとりが近づいてくる。
こちらの動きへの警戒も、自分の立ち回りも考えていない不用意な動きだった。
相手の姿を近くで見ると、思ったとおり少年だった。
ボクは視線だけで少年との間合いをはかる。
手首から先で、アタッシュケースの重さと感触を確認する。
なかの荷物は重く、ジュラルミンでできたケースはとても硬い。
こちらを気にせず、少年はすぐそばまで歩いてくる。
――ちょうどいい位置だ。
ヒザ・腰・肩を同時に動かして重く硬いアタッシュケースを勢いよくふりあげる。
少年の、かくしているクチモトにアタッシュケースの角が直撃する。
硬いものを砕いた感触が伝わってきた。
少年のアゴが跳ね上がり異常なほど後方へ首が曲がる。
アタッシュケースが頭上で勢いをなくした。
今度はもち手を両手でにぎる。
足の踏み込みを加えてカラダを大きく反らせ全身の力をこめてふり下ろした。
真上を向いた少年の顔面へケースがめり込む。
とてもゆかいな音がした。
のけぞった体勢のままヒザから崩れ落ち地面へたたきつぶされる。
地面につぶれる少年の手首をふみつけ、ナイフを手放させた。
アタッシュケースを見る。
打ち付けた部分が赤黒く、ところどころに白いものが混じっている。
だがケース自体には傷ひとつない。
つぶれた少年を見る。
バンダナがうまくめくれて少年の顔をすべておおってくれている。
そのおかげで内側にあるであろう気持ち悪いものを見ずにすんだ。
少年は、死にかけた虫のようにケイレンをくり返している。
離れたところにいるもうひとりへ向きなおる。
そちらはまだ思考が追いついていないようだった。
なにが起こったのか理解できず、つぶれた少年を見つめることしかできないようだ。
いちおうの警戒をしながら、ゆっくりと歩いていく。
そうして、顔が見えるほどの距離まで近づいた。
バンダナでかくしているが、もうひとりはどうやら少女のようだ。近くで見た目元や輪郭に愛らしさがある。
少年の惨状と近づくボクとアタッシュケースにようやく気がつき、こちらに背を向けて少女は全力で走りだした。
アゴが砕かれ顔面が陥没しつぶれた少年と、無傷のボクという状況で相手側の人間を逃がすのはまずいかもしれない。
確実にボクに不利な、面倒なことになるだろう。
ズボンのポケットから携帯電話をとりだし連絡を取る。
あまり使いたくはない最後の手段だった。
「予定外のことがおきた、いますぐ回収をたのむ」
それだけを伝え、今度は胸ポケットからレーザーポインターをとりだした。
スイッチを押すと、走りさる少女の背中に小さな赤い点が光る。
そのとき、上空に大きな飛行物体が現れた。
空が黒くおおいかくされてしまい、全長をはかり知ることすらできない。
公園上空の、機体の下部に丸い光がきらめきだす。
そこからポインタで指定されている少女にたいして放射状の光線が放たれた。
光のなかで少女がふよふよともち上げられ空中へと引き込まれていく。
自分が浮き上がっていることに気づかず、少女は、光のなかで走る動作を必死でくり返している。
そして、消えた。
今度はこちらへ飛行物体が光を向けてきた。
まずは少年が光のなかへ回収をされる。
光の発信源へとボクも吸い上げられていく。
公園にはナイフだけが残っている。




