初夏の日の追憶
「あなたご飯できたわよ。」妻の声で我に返った。
俺は庭の朝顔を眺めながら11年前の遠い記憶に浸っていた。
11年前、今日のような暑い初夏の夕方だった。俺は先妻とどうしてもそりが合わず離婚したばかりで精神的におかしくなっていたのだろう。女の子を誘拐して自分好みの女に育てるしかない、そう思い込むようになっていた。ローン返済中の自宅にはたまたま地下室があったので監禁できるように改造しておいた。
何度もシュミレーションして人目につかない場所、時間帯を調べ機会を伺っていたがついにチャンスが巡ってきたのだ。車で通学路を張り込み、「今ならいける。」と思った瞬間体が動いていた。
多少抵抗されたもののスムーズに事が運んだことにホッとし、暗くなるのを待って自宅に連れ込むことに成功したのだった。
女の子の名前は桂花といった。
それから桂花と2人の新しい生活が始まった。翌日から少女失踪のニュースが流れ新聞の一面を賑わせていたが日が経つにつれ次第に世間から忘れられていった。最初のうちは家に帰りたいと時々泣かれることもあったのだがチワワが欲しいと言われ買い与えてあげてからはそう言うこともなくなっていった。
心配だったのが警察の捜査だったが県境を跨いでいたためか不思議と自分に手が及ぶことはなかった。
昼間は仕事があった為、地下室に鍵をかけ、帰ってくると一緒にテレビを見たり、勉強を教えたりして過ごす事が多かった。この時間が俺にとって一番癒される時間だった。
数ヶ月後から一緒に外出するようにもなっていた。親子のふりをすれば周囲から怪しまれることもなかったのでなるだけ行きたいと言われる所には連れて行って上げることにしていた。
そんな生活が数年過ぎ俺は自分でもこの生活をこのまま続けることに疑問を感じ初めていた。もうこんなことは続けられない。もう桂花を閉じ込めておくこともなくなった。出て行ってくれても構わない、そんな気持ちになっていた。
そんな時失業することになってしまった俺は自宅を処分し、ついに自首することを決意しこれまでのことを桂花に謝って一緒に警察署にむかった。
「すべて終わったんだ」俺はそう思った。
数年の懲役を終えて俺は遠い街で新しい職に就き新しい生活を始めていた。もう一生一人でいようと思っていた。
そんな時、桂花からメールが来た。
「会いたい」
俺は動揺し、しばらく返事できなかったのだが数日後からメールのやり取りが始まった。あれからどんな生活していたのかお互い色々話し合って付き合うことにしたのだった。
桂花が二十歳になり二人だけで式を挙げ夫婦となった。
「これでよかったんだ。」俺はつぶやいて食卓に向かった。