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6  心からの真言 ②

 手を叩く音が聞こえ、川辺で先生と上級生たちが拍手していた。


「岸に上がってください。みなさん、立派でしたよ。とくに田中さん、あなたは素晴らしい」

「そんな……みんなの助けがなかったら、きっとわたし、流されてたと思います」


 「流されるのは、田中だけじゃない。最悪の場合、僕ら全員が流されていた。田中は、どういう計画を立てたんだ?」

「えっ、計画……?」

「何も考えてなかったんだろう。そういう無思慮が、周囲を危険にさらすんだ。勝手なことをして、君は僕らを危険にさらした。ダム管理事務所も悪いが、田中はもっと悪い」


 近衛君の厳しい口調に、わたしは冷たい水をぶっかけられた気持ちになった。

 わたし、みんなを危険にさらしたの? 勝手な行動をとったの? そういう事になるの?


「いいがかりは、やめなさいよ。田中さんは、災害を止めようとしたのよ。あのまま水の暴走を止められなかったら、下流が大惨事になっていたわ」


 円野さんが助け舟を出してくれ、一条君の皮肉まじりの言葉がつづく。


「近衛は川に飛び込み、田中を助ける呪文を唱えていたようだが? 俺の聞き間違いか?」

「夢中だったんだ! 危機に瀕した時、自身の安全をはかりつつ他の人を守るべく術を使うべしと教科書に書かれている。今回の場合、上級生のように安全な岸から術を使うのが正しい。僕らは間違っていた!」


「岸からだと、放った気を90度曲げて水にぶつけなきゃならん。角度を間違うと、大量の水が近くの民家に落ちる。少なくとも俺様には、そんな器用な技術はないな」

「戻すんじゃない。水を消すんだ。今回のような災害に、未熟な僕らは手を出すべきじゃなかった。先生方にまかせるべきだった」


「人まかせにするのが正解? そりゃないだろ」

「みんなで食い止めたんだから、もういいじゃない。無事に終わってよかった」


 生徒たちが口々に言い、一条君が笑った。


「あきらめろ、近衛。おまえは、何も考えてない時の方がまともだ」

「はいはい、みなさん。議論は、水術師の方々に挨拶してからにしましょう。今日の研修のために、わざわざ来てくださったんですよ」


 水術師――――? 

 みんなは顔を見合わせ、川向こうに目を向けた。


 川の水が真っ二つに割れ、さっきまでヨボヨボと歩いていた13人のお年寄りが、しっかりした足取りで渡って来る。

 よく見ると、顔が変だ。

 しわは筆で描いたみたいで、メイクした顔の肌色が黒ずんで見える。


 先頭を行くお爺さんが白髪のかつらを取ると、厳格な顔つきの男性が現れて、「変装!?」「仕組まれたのかよ」と生徒の声が飛んだ。


「例の危機管理研修って奴か」「いきなりやられるって聞いたけど、まさかこんなに早く……」とつづく。


 男性は岸に上がって足を止め、わたし達を見回した。

 隠されていた「気」が、堂々とした体から一気にあふれ出し、わたし達を威圧する。


「水術師の右近だ。驚かせて申し訳ない。危機管理研修の第1回目として、我々がダム湖の水を流した。テーマは、『常に危機意識を持つ』だ。大量の水が来ると知った時、何をしようとし実際に何をしたか、思い出してもらいたい。逃げろという声が聞こえたが?」

「えっと、それ、俺です」


 男子生徒が恐る恐る手を上げ、右近さんはうなずいた。


「普通の中学生なら当然、仲間にそういう言葉を掛けるだろう。だが君たちは、普通の中学生ではない。魔仙術師だ。一般人を置いて逃げることは許されない。水が吹き上がり、君たちのところに来るまで、約10秒。その間に自身の能力を測り、一般人を救うために何ができるかを判断し、行動に移す。難しいことだ。しかし、やらなければならない。10秒以内に判断し、行動を起こした者は一人だけだった。君、名前は?」


 右近さんに見つめられ、わたしは背筋をピンと伸ばした。


「田中ミオです」

「田中さんの勇気と行動力に敬意を表する。よく足がすくまなかったな。最初に見た限りでは、『気』を使えないようだったが」

「……忘れてました」


 クラスメイトの笑い声にわたしも思わず笑い、すぐに笑みを引っ込めた。


「もしもわたし達が流されたら、どうなってたんですか?」

「流されはしない。我々が、水を消すからね」

「やっぱり消すのが正解なんですね?」


 近衛君がメガネを押し上げ、1歩前に出た。


「実際に目の前でこんな事が起きたら、安全な岸に立ち、先生方の援護に回るのが正解ですよね? 僕らの力で何とかしようなんて無謀すぎる」

「近衛、しつこい」


 剣持君がぼそりと言い、「正解が欲しいと思わないのか!」と言い返す近衛君。

 水術師たちは笑い声をあげ、白髪のお婆さんが笑顔で言った。


「今年の1年は、元気がいいねえ。毎年こういう研修をやってるけど、ほぼ毎年、新入生は何もできないんだよ。危機意識を持ってもらうのが目的だから、それでいいんだけどね。今年は、あの大岩あたりで激流を消す手はずになっていたんだ」


 お婆さんは、100メートルほど下流の大岩を指さした。


「女の子が飛び出したから、彼女の手前10メートルで術を使うよう変更になったの。それも必要なかったけど。まさか水術師の出番がないとはねえ。すごいことだよ。みんな、もっと胸を張っていいんだよ」


 上級生たちは恥ずかしそうに頭をかき、右近さんがニヤリと笑う。


「君たちはこれまで、ご家族に大切に守り育てられて来たことだろう。これからは魔仙術師の一人として、いつ起こるかも分からない事故や災害に備え、常に戦えるよう心がけてもらいたい。それから、正解というものはないんだ」


 右近さんは、近衛君に向き直った。


「いや、正解は複数あると言った方がいい。我々の出した答と、君たちが導き出した答は違う。常に複数の正解を用意しておくべきだろうな。1つが失敗した時、すぐに次の手が打てるように。魔仙術師の第一の使命は、命を守ることだ。立ちすくんではならない。逃げてはいけない。いかなる危険があろうとも、勇気をもって最初の一歩を踏み出してもらいたい。その点で、君たちは全員合格だ。勇気を見せてもらったよ。ありがとう」


 右近さんが軽く頭を下げ、わたし達は拍手した。

 お婆さんがわたしに歩み寄り、ささやいた。


「あんたには、天性の勘と素質が備わってるよ。あんたは、いい魔仙術師になるだろう」


 川の水が割れ、対岸に戻って行く水術師たち。

 あんたには、天性の勘と素質が備わっている――――。

 じわじわと喜びがこみ上げたけど、信じていいのかなあ。

 あきらめかけていたものを、手にしたと信じていいの?

 ――――信じるのが怖い。

 だってこれまで、褒められることなんて無かったもん。


「水術を使ってみてください」

「はい。クロワッサン!」


 文司先生に言われ、人差し指を突きつけると静かに流れていた川の水がいきなり吹き上がり、わたしは目をぱちくりさせた。


「絶気、治った……?」

「その調子で練習を続けてくださいね。今日学んだことを忘れず、最高の魔仙術師を目ざしてください。あなたなら、きっとなれますよ」

「やったね、田中さん」


 円野さんが、わたしの肩を叩く。


「ありがとう。みんなのお蔭だよ」


 照れながら言ったけど、心からの言葉だった。

 わたし一人の力じゃない。

 でもいつか、一人で何でもできる最高の魔仙術師になりたい。


 休憩時間になり、わたしは円野さん達から離れ、一条君に話しかけた。


「さっきは、ありがとう」

「どういたしまして。俺の言った通りだっただろ?」

「絶気が治る時は、あっけないってやつ? うん。まだ信じられないけど」

「これからどんどん『気』が増えて、収拾がつかなくなるからな」

「そうなの?」

「俺の時は、そうだった。未熟な奴が大量の『気』を持つと、使いこなせなくて苦労するんだよ」

「一条君みたいに?」

「いや、おまえみたいに」

「ひどい!」


 わたしは口を尖らせ、すぐに引っ込めた。

 上級生が、こちらに向かって歩いて来る。――――御門様! 

 憧れの御門様がわたしの隣に立ち、微笑した。――――奇跡だ!


「田中ミオさん。すごい力を持ってるね。1年生で、なかなかあれだけの事はできないよ」

「ありがとうございます。どうも……」


 笑顔を返そうと思ったけど、緊張して口元が引きつり、うっとりと御門様を見上げるばかり。


「滝流も、やるなあ。今年の1年は、レベルが高いね。負けてはいられないよ」

「無理して俺を褒めなくていいんだぜ」

「素直じゃないな。こんな弟だけど、よろしく頼む。滝流、頑張れよ」


 御門様はもう一度わたしに微笑みかけ、去って行った。

 カア――ッと熱くなるわたしの顔。

 御門さまが、わたしに微笑みかけてくれた! 2度も!! すごい力を持ってると言ってくれた!!!


 一条君の不審そうな視線が、御門様を見送るわたしの頬に突き刺さる。


「はーん、そういうことか」

「何が?」

「ふーん、へーえー」

「だから何が。あっ、誤解してる? 違う! そんなんじゃない!」


 慌てて両手を振った。


「小学生の時、御門さ……んの演技を見て、魔仙術師になりたいと思ったから。わたしにこの道を示してくれた人だから、感謝してるの」

「分かりやすいなあ。頭がラーメンで、顔はトマトだな」

「意味不明!」


 わたしが頬をプッとふくらませると、一条君は吹き出した。

 人の顔見て笑わなくたって!!

 嫌な奴!嫌な奴!嫌な奴! ……でも優しい奴。




 その日の夜。

 珍しく森木さんが、わたしの机の横に立った。

 手には、サボテンのタクを持っている。


「樹術楽団って知ってる?」


 いきなり切り出され、わたしはきょとんとした。


「知ってるけど……」


 樹術師たちが樹木を操り、音楽を奏でるのをテレビで見たことがある。

 おびただしい数の葉や花がこすれ、奏でるメロディ。

 風が幹を通り抜ける笛のような音色。枝と枝がぶつかる打楽器みたいな音。

 それらが重なり、不思議な音楽を作り上げる。


「わたしが通ってた幼稚園に、樹術楽団がやって来てね。すっかり楽団のとりこになって、大きくなったら樹術楽士になるって決めたの。サボテンを買ってもらって、毎日念じたのよ。動け、動けって。そのサボテンが、タク。わたしの夢は、世界中の人に樹術音楽を楽しんでもらうことなの。でも今日、少し気持ちが変わった」


 タクの棘を撫でていた森木さんが、顔を上げてまっすぐわたしを見た。


「人を楽しませることは大切だけど、命はもっと大事よ。頭では理解していたけど、いざとなると足が動かないのよね。田中さんは真っ先に川に向かったのに、わたしは動けなかった。これからは何を置いても命を救えって、覚えておくわ。突然の事故でも対応できるよう、胸に刻み込んでおく。大切なことを気づかせてくれた田中さんに、お礼が言いたくて」


「褒め過ぎよ。あの時みんなが来てくれなかったら、どうなってたか……」

「水術師の右近さんは『10秒』って言ったけど、わたし達全員が川に入るまでに10秒以上かかってたよ。その間、あなたが時間をかせいだのよ。わたし達が力を合わせる時間を、田中さんが作ったの。だからね、ありがとう」


 森木さんは、右手を差し出した。

 わたしの右手に、森木さんの右手が重なる。

 まさか森木さんと握手する日が来るなんて――――。

 彼女の手のぬくもりが、「友達だよ」と伝えている。


「どうして絶気についての本を借りたの?」

「田中さんの役に立てばと思ったんだけど、内容が難しすぎて、まだ全部読めてないの」

「ありがとう。借りてくれて」


 友達だよ――――。

 返事をこめて、わたしは森木さんの手を握り返した。





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