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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢か現か

作者: 月葉しん

 女性がその艶やかな長い黒髪をなびかせ草原を疾走していた。

 上半身には細やかな装飾の入った真紅の胸当て身に付け、すらりとした脚には細身の黒いパンツに長靴。腰には柔らかな白い薄布をたなびかせていた。そして頭には耳の後ろにつくように配置された羽飾りのついたカチューシャ。

 走りながらスラリと腰に差した剣を抜く。鋭く輝くそれは世界に二つと無い唯一絶対のものだ。持ち主によって形を変えるそれは、現在優美なレイピアの形を取る。

 レイピアを手に疾走するその姿はさながら戦女神のようだ。

 彼女の一歩後ろを三人の男性が守るように追っている。

 左右に、後ろに。時折襲い来る魔獣に剣を振るい、矢を放ち、攻守の魔法を詠唱する。三人いずれ劣らぬ美丈夫だ。

 前方をひた走る彼女は小さく祈りの言葉を紡いでいく。一音ごとにレイピアに聖なる光の粒子が集まってくる。纏う光が彼女をも輝かせ、その凛とした白い貌をも照らしていく。

 視線の先には蠢く魔獣の大群本体。彼女達が遥か背後に守ろうとしている城塞へと押し寄せようとしているのだ。

 たった四人。彼らこそが人類最強のパーティ。

 彼らでなければならなかった。それが彼らの役割であったから。

 襲い来る魔の悪意と憎悪の群れ。恐怖が無いわけではなかった。それでも己の使命の為に立ち向かう。信頼し認め合う最高の仲間と、いつだって力強く笑い合いながら乗り越えてきた。

 今度も出来る。このパーティの実力ならば死力を尽くし戦えば殲滅出来る確信があった。

 詠唱が終わる。と同時に急停止した。男三人が周囲を警戒し武器を構えるなか、聖なる光を纏わせたレイピアを正眼に構えた。

 遠く小さく見えた魔獣の大群の影がぐんぐんと大きく迫ってくる。魔の気配が濃厚になり、波のように押し寄せる圧迫感に呼吸が苦しくなってくる。高揚と緊張とわずかな恐怖を胸に抱く。

 だが先頭に立つ彼女からは動揺は伝わってこない。魔獣達を正面から見つめ、集中し凛とした静謐のなかにある。

 魔獣一体一体の姿が確認出来るほど接近してきた。まだだ。まだ引き付けなければならない。

 あと少し。手に汗が滲んでくる。

 空気が動いた。

 彼女が短い気合と共にレイピアを一閃する。

 レイピアより解き放たれた聖光が、真空の刃のように魔獣の胴体を真っ二つにしていく。それは扇状に広がり、絨毯のように草原に大群をなしていた魔獣を一気に数百体薙ぎ払った。だがまだまだ殲滅には遠い。後から後から屍を踏みつけさらに押し寄せてくるのだ。

 彼女はさらに祈りの言葉を紡ぐ。

 一度目の攻撃から逃れた魔獣が襲いかかるのを、三人の男たちがなぎ払う。

 何度目だろう。千を軽く超える魔獣を滅したとき、巨大な体躯の魔獣が姿を現したのだ。地上から空へと浮かび上がったそれこそが、この魔獣の大群を率いるモノ。四人を睥睨するソレを滅ぼさねばこの侵攻を止めることは出来ない。

 彼女が艶やかに笑った。男たちが晴れやかに笑った。

「行くわよ」

「ああ」

「存分に」

「援護する」

 銀の髪を束ねる男が幾重にも防御の、そして強化の魔法を全員にかける。金の髪の男は両手に大剣を構え、短い赤い髪の男もまた剣を油断なく構えた。

 そして彼女が聖なる光を身に纏い飛び出す。そして、男たちもまた。



 彼らには勝利しかない。勝利しか持ち得ない。

 傷だらけになりながら今日もまた神の加護の下、魔を制し滅した。

 その遥か視線の先には魔の頂点たる魔王。いずれ倒し滅ぼさねばならない対極の存在。

 けれど今はまだ届かない。人類最強と言われる今ですら。ゆえに究極までにスキルを上げ、圧倒的なまでの強さを手に入れなければならないのだ。


 「それじゃあ、帰るね」

 彼女はにこりと微笑むとスーっと足元から消えていった。

 行くな、帰るな!

 別れの時はいつも思う。出会いから一年。いつの間に彼女を想うようになっていた。

 けれども彼女はこの世界の人間ではない。

 勇者として召喚された者。いわばこの世界の異物。異物が故に召喚という縁で結ばれた二つの世界を行き来することが出来るのだ。

 はるかなる昔、圧倒的なまでの魔の侵攻に危機感を募らせた世界の最高峰の賢者が神へ請願し、勇者召喚の法を授けられた。

 異世界からの召喚。それは地球と言う名の異世界にて、脳とリンクさせた無数あるゲームという遊戯の中から、この世界に至極よく似た世界を選び出した。そしてその中で活動するプレイヤーを内包したアバターの中から神の加護を色濃く受け、勇者となる条件を満たす者を引き寄せた。

 それが勇者召喚。

 彼女は凛々しく美しい十代目の勇者。

 己が傷つき疲れ果てても、聖なる勇者は仲間たちを気遣いながらこの世界に幾度も降り立ち戦い続ける。

「私の本当の肉体が傷つくわけじゃないから、貴方達の方が心配。絶対に生き残るのよ」

 彼女は精神だけがこの世界に来て、アバターと呼ばれる肉体に宿るのだといった。本来の体は安全な部屋の中であり道具の前に座った状態で、時も動かず静止状態にあるのだという。元の世界に戻るのも”ログアウト”というコマンドを脳裏に打ち込むように思い浮かべればいいそうだ。

 強制的に元の世界の戻されるのは勇者のアバターが死亡状態になった時のみ。それでも神殿にて死者復活が叶えば再びこの地を訪れることが出来る。不死身とも言える。

 だが、肉体が無事だからといって、苦痛や恐怖、哀しみを感じないということにはならない。いつだって最前線に立ち、大小無数の負傷を負ってきた。

 時には骨まで届く刃に血を迸らせたこともある。時には口から血を吐くほどの殴打を受けたこともある。瀕死の重傷を負ったことも片手の数だけでは足りない。

 絶叫したくなるような痛みに耐え、片膝を地に付きながらも顔を毅然と上げて屈することなく立ち向かう。ボロボロになりながらも周囲を励まし守ろうとする。

「私は本当の意味で死ぬことはないから」

 そんな風に慈愛をうっすらと滲ませ微笑む彼女をどうして慕わずにいられようか。どうして守らずにいられようか。

 聖なる勇者。

 その名は彼女にふさわしい。儚くも強く美しく優しい彼女に。

「シィン……」

 次の訪れはいつだろうか。

 彼女の消えた空間をただ見つめていた。





 私は異世界からログアウトして、本来の肉体に戻ってきた。

 時計を見ればログインからきっかり五分。いつも通りだ。

 ヘッドギアを頭から外し、椅子の背もたれにもたれ掛かると大きく息をついた。

 脳が疲れていて、当分は動けそうにない。

 

 あの日。いつものようにヘッドギアを装着しVRMMOにログインして遊んでいた私。

 突然、聞きなれないバロック調の音楽が響いた。それが転機。

『そなたに我の加護を』

 脳に響く威厳ある重厚な声と共に、視界が真っ白に光る世界に覆われた。驚く私の頭上から無数の純白の羽が降り注ぎ、あっという間に窒息するかのような量の羽が足元に積もっていった。羽以外何も見えず、気づけば体全体が埋もれてしまっていたのだ。

 バーチャルとはいえ、アバターと五感全てをリンクさせるこのゲームシステムでこの状況では、いくら本来より受ける感覚が半分以下とはいえ息がつまる。

 ここから脱出しようと動こうとしたその瞬間、一気に無数の羽が私のアバターの中に入り込んできたのだ。

 吸収なんて生優しいもんじゃない。うっすら開いていた口から、頬の皮膚から、腕から、頭から、まさに体中の皮膚から侵入してくるおぞましい感覚に半狂乱になる。

 そして何か内側から作り替えられてしまうような恐怖。体内に羽が溢れるほど一杯になりパンクしそうだった。

 その羽が、体の中で次々と光へと変化し膨れ上がってくる。

(もう、ダメ!)

 苦しくて、苦しくて。膝をつくことも出来ず立ち尽くした私は、本来アバターから出るはずがない息が、小さい光となってちろちろと溢れ出ていることに気付いた。知らず流していた、これもまた本来アバターからは数滴しか出ないはずの涙が水のように流れ、それもまた光っている事に気づいた。

(どう、いう、こと!? なんなの、こんなイベントあるなんて聞いてない!)

 呆然とする私の中の変化は留まることをしらない。

 周囲を埋め尽くしていた羽は全て私の内側に入り、私のアバターという器の中で羽が次から次へと光へと変化していくのを感じる。

 苦しい、苦しい。体が破裂してしまいそうだ。

「誰か、助けて!!」

 光が爆発した。

 そして私は気を失い、自分が異世界召喚されたことを知った。

 アバターの持つ装備やスキルをそのままにして。



 元の世界と切り離されたわけでは無かったことに安堵した。

 だが相手の言い分を素直に受取ったわけでもない。いくらゲームに慣れているからといって、現実に自分に突きつけれられているとなれば。

 いきなり勇者召喚などというものをされて、魔王を滅ぼしてくださいと言われ、そう簡単に鵜呑みにできるはずもない。王城で召喚され王に説明されたとて、所詮権力者のいうことである。この国の、権力者の都合の良い改竄をされた話でないと誰が言える。

 こうなってしまっては最初に聞いた「神」の声。有り得ないあれらを疑うことは流石にしなかったが。

 だから最初は誰の事も信じなかった。表面上は愛想よくしてはいたが。自分の身を守る為に、とにかく王城、それから神殿の世話になりつつ必要だと思われる事をとにかく性急に学習し、吸収していった。

 本当のところを知るには、まず王城を出て実際に人々の暮らしを、様々な土地を、そして魔というものに触れなければならないからだ。

 現実世界と行き来しながらの数日は学習と鍛錬に費やし、その過程で聖なる光の魔法を使える事が判明し、神殿より勇者のみが扱うことの出来る武器を得た。

 神殿の奥深く安置されていた大剣は淡く光っていた。私が柄に触れ握り込むと、瞬く間にその姿を優美なレイピアへと形を変えた。それが私の愛刀となった。

 それから外の世界へ飛び出し、王達が語っていたことが真実だと知る。

 魔。生けとし生けるもの全てを憎悪と絶望と共に飲み込み、暗黒へと塗り替えてしまう最悪のもの。それを従える魔王を滅ぼさねばその侵攻は止まらない。

 私は勇者として起つことを決意した。

 


 アバターの体は有利だ。

 死にそうな傷を負ったとしても、現実の私の肉体は五体満足無事であるからだ。たとえ死んだとしても何ら心配はない。時が五分進んだ現実世界にもどるだけだ。

 この異世界召喚を拒絶しないでいられるのは肉体のことと、異世界でどれだけ時間が経ったとしても現実では五分しか経っていない事の他に、ある程度自分の意思で行き来出来るからだと思う。

 そう、ある程度。

 ヘッドギアをしてゲームログインすることで異世界へと繋がるわけだが、言い換えれば行きたくないと思えばゲームをしなければいいだけの話である。

 特に最初の頃、不信感でいっぱいだった私は二度とゲームなどするものかと思ったのだ。

 確かに数日は大丈夫だった。しかし次第にあの世界に行かなければという焦燥感が私を襲い、抗い続けることが出来ずに結局ログインする羽目に陥った。

 きっとあの「神」が何かしたのだろう。他に誰が出来るというのか。

 それでも数日という猶予があるだけマシなのだろう。あの世界での生活や出来事は精神を疲弊させるから。

 目の前で人が傷つき、倒れ、死んでいく。魔獣を斬り捨て魔族と対峙する。目の前で起こり、そして己の手で起こす惨劇は虚構ではない。異世界の人々にとってまさに生死を賭ける現実であり、アバターに宿りその力を行使す私にとってもまさにリアルだ。

 それでも、現実世界に戻れば感覚は遠くなる。美しく残酷な世界の出来事は、まるで夢幻のようだ。

 肉体の疲弊はない。だけど心は確実に消耗していく。

 アバターの手で剣を振るい、魔の者を手にかけ、時には人さえ殺すのだ。平和な日本で生まれ育つ私が命を断つ行為を繰り返すのだ。

 虚構であり現実である。現実であり虚構である。

 現実世界に戻れば私は心を意図的に鈍化させる。あれはゲーム世界の出来事なのだからと壁を置いた。

 そうして自分を誤魔化さなければ心が壊れてしまう。だって私の手は血塗られているのだ。それに慣れてしまったら。現実世界の私がそれを認めてしまったら平和な日本の社会で異物となってしまう。

 怖い。とても恐ろしい。

 自分が化物になったようで。相容れない異分子となってしまったようで。

 いつかは異世界召喚も終わる。魔王を倒した時か、それともアバターが再起不能なほど破壊された時か。

 その時まで私は私のままでいられるのだろうか。

 その時現実世界は変容してしまう私を受け入れてくれるだろうか。

 怖い。とても恐ろしい。

 冷静に、冷酷に、正確に命を奪うことが出来る私は、再び社会に馴染むことが出来るのだろうか。

 その時現実世界に弾き出されてしまったらどうしよう。

 異世界にすら戻れず、たった独り空白の世界を彷徨うことになったら。

 誰にも話すことのできない、行き場のない不安と恐怖。

 悲鳴を上げ、泣き叫ぶことが出来たならどんなにいいだろう。

 だけど心を壊せるほど弱くはなかった。

 逃避出来るほど強くなかった。


 だから彼女は戦い続ける。

 不安も恐怖も哀しみも何もかも押し隠して。

 仲間と共に魔王を滅ぼすその時まで。



fin

聖なる勇者:短大卒の社会人二年目OL。リアルは普通の可愛い系の容姿で背も低め。職場のデキルかっこいい女性先輩に憧れる。VRMMOのライトユーザー。シィンはPC名。異世界ではそう名乗っている。


金髪:大剣をぶん回す

赤髪:騎士。弓も使うけど騎士なので馬上なら槍。当然剣も一流。

銀髪:魔法使い

そういえば僧侶が足りないことに気がついた。この時はたまたま居なかったことに←

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