ごみから始まる妄想作家
ごみは話さない。けれどごみには沢山のエピソードがある。
それを妄想して一つの話にするのが、作家志望の僕の趣味だ。
たとえば。
今、僕の目の前に宝くじがある。言っておくが僕の物ではない。路上に捨てられていたものだ。
ここでポイントなのが、あくまでも妄想するためのごみは『自分が出したもの』ではなく『捨てた人間が不明であるもの』だということだ。
何故? 答えは簡単。これが僕、もしくは僕の知り合いが出したごみなら、捨てるまでのエピソードは丸分かりだからである。
たとえば宝くじの横に置いてあるプラスチック製容器は、僕の出したごみだ。ついさっきまで幕の内弁当が入っていて、賞味期限が近く割引きされていたため、僕に購入された。おかずには小さく固いサバの塩焼きや、感動するくらいに薄っぺらい卵焼きや、その卵焼きを上回る薄さを誇るかまぼこが入っていた。そんな中身は綺麗に食べられ、この容器は緑のバランとともに捨てられる。ほら、夢もへったくれもない。
だが、道端に捨てられていた、この宝くじはどうだろう。
まず、誰が捨てたのか分からない。もしかしたら捨てたのではなく落としたのかもしれないが、確認したところ、これははずれくじであった。まっすぐ考えるなら、落としたではなく捨てたの方がまず正しいだろう。
先ほどから宝くじ宝くじと言っているが、もう少し説明が必要だろうか。落ちていたものは『第633回年末ジャンボ2012』。2012年12月31日に抽選されたものである。ちなみに僕が自宅でこれを眺めている今は、2013年10月上旬。結構な期間放置されていたのか、一度濡れて乾いた跡や、破れた部分が目立っている。
まあそれはそうだろう。年末ジャンボのはずれクジなんて、遅くても一月中には捨ててしまうはずだから。僕なら、はずれだと分かった途端に捨ててしまう。普通はそんなものだろう。
――……普通ならね。
では、この宝くじの持ち主が、普通ではなかったとすればどうだろう。さあ、妄想してみて。
そうだね、たとえばこのはずれくじを、何かのお守り代わりに持っていたという可能性はある。さきほど僕が『まっすぐ考えるなら、捨てた』と言ったのはこのためだ。まっすぐ考えないなら、やはりこの宝くじは『落としてしまった』ものなのである。捨てたのではなく。
たとえば年越しと同時に死んでしまった人がくれた、最後の物だったとか。そんなところか。
このくらいの妄想なら、まあ五十点くらいかな。僕が求めてるのはもっと奇抜なものだ。
たとえば? そうだね……。たとえばこの宝くじ、普通ならいつ捨てたと考えるのが妥当だろう。――当選番号の発表以降、つまりは早くても12月31日だよね。けれどもしも、それよりももっと早くに捨てられたものだとしたら、どうだろうか。
――このくじが、12月上旬に捨てられたものだとしよう。
この宝くじの持ち主は、未来からやって来た人間だった。第633回年末ジャンボの、当選番号を知っていた。そして、自分が当選するため、あちこちで宝くじを買って回った。けれど今回買ったくじもはずれ。その人間はがっかりして、このくじをポイ捨てした。世はまだクリスマスモードで、その端に小さくおせちと書いている時分に。
うん、こっちの話の方がまだ及第点かな。
僕は一息つくと、ネタ帳にしている大学ノートに今考えた話を書きなぐっていった。どうでもいいが、ゴミを前にして妄想するときは、声に出さないと気が済まない。僕は一人暮らしで、ゴミ相手に妄想するときはいつだって一人である。持って帰ってきたごみを前に、一人でぶつぶつ言っているのは不気味な光景だろうが、妄想を外でやる勇気は流石になかった。
宝くじを拾った翌日。僕の目の前には黒皮の財布があった。無論、僕の物ではない。
それこそ落し物じゃないの? と言われそうだが、これはおそらく捨てられたものである。ゴミ捨て場の近くに落ちていて、中を見ると必要そうなものは何も入っていなかった。恐らく、新しい財布でも買って、こちらの古い財布は捨てようとしたのだろう。が、ゴミ捨て途中で袋から落ちたか、収拾途中で落とされてしまったと。まあ、ここまでは安易に予想できる。
しかしこの財布、先ほども言った通り『必要そうなもの』は何も入っていなかったが、妙なものはいくつか入っていた。
まず、コンビニのレシートが数枚。レシートに記入されている住所を見ると、うちの近所にあるコンビニで間違いなかった。つまりこの財布、近所の人の物だろうか。まあそうだよな、近所の人じゃなきゃ、ここまでごみを捨てに来ることはないだろうし……。
購入したものを見る。ある日は惣菜パン、ある日は弁当、ある日はカップ麺……。いつもここで飯を買っていたのだろうか。だとすれば不健康な生活だ。
そして、そのレシートの間から手書きのメモが出てきた。とりあえず読み上げてみよう。
「確かに同級生だ。変わったやつだったから覚えてる。首を突っ込むなって教えてやらないと。きっとあいつは何も知らないんだ」
――なんのことだかさっぱり分からないが、なんでか若干不気味である。
メモは急いで書いたのか、ぎりぎり読める程度に汚い字で書きなぐられている。水性ペンで書いたのか、ところどころぼやけてしまっているのが不気味さを強調しているように思えた。
このメモに出てくる同級生、というのはどういったやつなのか。何かに首を突っ込んでるらしいが、それはいったい何なのだ。メモを見る限り、相当やばいものだと思える。――さあ、妄想しよう。
うん。恐らくこのメモに書かれている「首を突っ込む」というのは、比喩表現ではなく本当にそういうことなのだろう。その前の文章には「変わったやつ」と書かれている。つまり、このメモを書いた人間の同級生というのは、何か穴を見かけるたびに、その穴に首を突っ込んでしまう習性の人間だったのだ。――それなら確かに変わったやつだ。そして、その変わった同級生が今度首を突っ込もうとしている場所は、このメモを書いている人間にとって重要な場所に違いない。同級生はそれを知らないから伝えなければならない、と。
何に首を突っ込もうとしているのだ。何に……。
お前、そこは俺たちの組で使ってるギロチンだ! 首を突っ込んだら死ぬぜ! 俺はまだ下っ端だから、そのギロチンの刃を手入れしてんだ。その分、切れ味はよく知ってるぜー!
……少し無理やりすぎるか。その前にちょっと大声を出しすぎた。訳が分からなすぎて、思わずフィーバーしてしまった。とりあえず落ち着こう。――……ギロチン使ってる組って何だ。下っ端は刃の手入れをするのか。ていうかそんな、一見ギロチンだと分からないようなカモフラージュがしてあるのか。そんな場所があるというのか。世の中恐ろしい。とりあえずよく分からん。だがそれがいい。
しかしとりあえずこの、『考察や妄想をすべて声に出す』癖は治したいもんだ。
財布を拾った翌日。僕の目の前にはナイフと盗聴器があった。無論、僕の物ではない。
面白味のない黒い器械。こんな小さなものを見て、よく盗聴器だとわかったな、僕。――というのも実は何か月か前、同じものを見たことがあるのだ。自分の部屋で。
半年ほど前、盗聴器を仕掛けるという悪質ないたずらが近所で流行っていたらしい。そんなうわさを聞いて、自分の部屋を調べてみたら発見したのだ、盗聴器。確か、コンセントの中にこんな感じの小さい器械が入っていた。そういえばあの盗聴器はどうしたっけか。捨てたっけ。まあいい。
問題はナイフの方だ。僕はナイフに詳しくないので、このナイフが何なのかはわからない。ちょっとごつい感じの、映画に出てくる軍人が持っていそうな代物だ。サバイバルナイフとか言うのだろうか。
で、これ。綺麗にしてあるけれど、刃と柄の間と言うか、ほんのわずかな隙間に汚れがみえる。一見錆にも見える、赤茶色の液体。……これは血じゃないだろうか。こんな隙間に付着したものまでは拭き取れなかったのだと考えられる。
このナイフ一つでも妙だが、盗聴器とセットになって落ちていたのがまた不気味だ。だが、草むらにポイ捨てされていたところからして、恐らくそんな重要なものではないのだろう。たとえばこれが何かの事件に絡んでいる代物なら、もっと丁寧に隠すなり捨てるなりするはずだ。つまりこれには事件性がない。
……といったら楽しくないので、事件性はあることにする。でなければ妄想できない。妄想は大げさに限る。よし、さっそく妄想しよう。
――とはいえ。あまりいい話が思い浮かばないな。盗聴器っていうのが妙にリアルなんだよな。話がどうしてもミステリーかホラー方向に行ってしまう。これをコメディーにできたら面白いだろうに。ううむ、力不足。
なんだか今日は眠いし、これの妄想は明日にしようか……。
その翌日。僕の目の前には死体があった。無論僕の物ではなく、動物の死骸でもない。
人の、死体である。
――昨日拾った、盗聴器なんてどうでもいい。とにかく、最高の物を拾ってしまった。こんなに妄想のネタにできるもの、滅多と落ちていない。というか、人間の死体を拾うやつなんて、滅多といないだろう。盗聴器の話を真剣に考えようと、海岸沿いを散歩していたのが功を奏した。流石の僕も、こんなものが浮いているとは思わなかったさ。本当に見るまでは。
しかも、これが『事故で海に落ちた人』ではなく『捨てられた人』というのは明らかだ。
だって、僕は見たのだから。
誰かが、この死体を海に放り投げる瞬間を。
どう考えても事件性がある。この死体を捨てた人間は犯人、もしくは共犯者だ。その瞬間を僕が目撃したと知ったら、何をしてくるだろう。
おかげさまで持って帰るのにかなり苦労したし、人目にも気を使った。その分、これから妄想する話は最高のものとなるに違いない。
――考えてみてくれ。人の死体というのはつまり、昔は生きていたものだ。それだけで、落ちていたゴミ以上にストーリーがある。生きていた頃のストーリーを考えるだけでも、相当なものになるに違いない。
加えて、この死体を捨てたであろう人間。こっちにもストーリーがある。つまりは、最低でも人間二人分のストーリーが、この死体には詰まっているのだ。
素晴らしい。なんて素晴らしいんだ。
はっきり言って、僕は真実には興味がない。この人がどうして殺されたのか、あの人がどうしてこの死体を海に放り投げたのか、そんなことはどうでもいい。 僕はあくまでも、自分の中で素晴らしい妄想を膨らませたいだけだ。そしてそれを世に出し、一流作家になる。完璧だ、僕のプランは完璧だ。
僕と同年代くらいであろう男性の死体よ、君は僕のおかげで一世を風靡する人物に生まれ変われるんだ。ドラマ化したら、映画化したら。冴えない顔してる君が、冴えなかったであろう君の人生が、最高にかっこいい俳優に演じてもらえるんだ。素晴らしい。僕は本当に素晴らしいものを拾った。君も、僕に拾ってもらえてよかったと思うだろ? なんなら、少しくらい僕にお金を恵んでくれてもいいよ。まあまあなスーツを着てるから、財布の中にはそれなりにお金が入っているだろう。……あれ、財布がない。なんだ本当に冴えないやつ。
シャツについてる赤黒いしみはもう消えないかな。腹を刺されたのか。ご愁傷様。
しかし僕は、君の死を無駄にしない。君をきっと生き返らせよう。
さあ、妄想しよう。きっと素晴らしい話が出来上がるに違いない。
妄想しよう。
皆も一緒に妄想しよう。
『昨夜未明。××町のアパートで、住人である○○さんの刺殺体が、同アパートの住民により発見されました。○○さんの部屋からは、身元不明の男性の死体も見つかっており、警察は事件性があるとみて調査を進めています。○○さんは作家になるため日々、――――。また、○○さんの部屋からは血液の付着したナイフと盗聴器も見つかっており――――』
妄想してよ。
どうして僕が、殺されたのか。
妄想してください。
あなたの作ったエピソードが、この物語の真実です。