終章 終わりなき旅
終章 終わりなき旅
ついに戦いは終わった。
炎上する屋敷から脱出した一行の中に、死んだはずのルカの姿を認めた元締たちが、一様に驚きの声をあげる。
彼らにも、ルカが生きていたことは伏せてあったのだ。
それも全て、ルカが万全を期すために仕組んだ作戦の一貫だった。
死を偽装し、油断を誘うためには真相を知る者は一人でも少ない方が良い。
実はヒースたちも、フローラ以外は当初、本当に彼女が死んだと思っていたほどだ。
種明かしは全て、ルカの書き残した指示書に記されてあった。
屋敷内に誘い込んだ後、わざと不甲斐ない戦いをしたのは『天使』を苛立たせるためだった。
調度品を乱雑に並べたのは、『天使』の読み通り、それを盾にして華麗な刀捌きを少しでも抑え、被害を最小限に食い止めるため。
わざわざ部屋を埃だらけにしたのは、目くらましのため。
火を放ったのは、煙によって視界を遮りつつ、本当の『策』を気取らせないため。
雄叫びをあげたのは、ギリギリまでルカの殺気を察知させないための、最後の一工夫だった。
ここまでやらなければならない、とルカは考えていた。
なぜなら彼女は、
「一人の犠牲も出すことなく、『西方羅刹』と『天使』を確実に葬る」
ことを目標としていたからだ。
そして、最も危険な役割は自らが果たした。
ただ一人、木棺の中に隠れて息を殺し、仲間が誰一人欠けずに『天使』を狩り場におびき寄せること――それを信じて待ち続ける。
彼女ならではの戦いであった。
戦いの終結から、一週間後の朝。
ヒースたちは、明るい表情で街の正門前広場に集まっていた。
露店が立ち並び、威勢の良い掛け声が飛び交っている。
牛肉と野菜の煮込みや、串に刺して炙った鶏肉の匂いに、食欲をそそられた。
爽やかな風が、頬を撫でる。
天には一面の青空が広がっていた。
あれからヒースたちは、手配してもらった宿で激闘の傷と疲れを癒した。
元締の指示の下、幹部も若い衆も忙しげに立ち働いているようだった。
元締の話では、ある程度落ち着いたところで、息子のアントワンに跡目を継がせる予定だという。
「まあ、あの兄さんなら大丈夫じゃないのかね。さあて、俺もあんまりのんびりしちゃいられねえ。そろそろ本業に戻るとしようかな」
旅支度のレミーは、溌剌とした表情を浮かべていた。
とりあえずしばらくは帝都で仕事をする、ということだった。
賞金首を追いかけ回す危険な稼業が、とことん性に合っているのだろう。
「元気でな、レミー兄さん」
「おう、お前もな、ヒース」
拳と拳をぶつけ合い、再会を約した。
『毒蛇』レミーは、陽気に手を振りながら去っていった。
「うむ、あいつが居ないとずいぶん静かになるな」
レミーの姿が見えなくなった頃に、ゴドーがぼそりと呟いた。
少し寂しげな雰囲気だった一行が、声を揃えて笑う。
「貴方はしばらくここに留まるんでしょ?」
「ああ、大丈夫だとは思うが、何があるか分からないのがこの世界だからな。しばらくはここで厄介になるさ」
「それなら私も一安心よ。」
元締たちにしてみれば、これほど頼もしい用心棒はいないだろう。
「それではみんな、達者でな」
『双棍鬼』ゴドーは、堂々とした足取りで元締の下へ戻っていった。
「フローラ、貴女はどうするの?」
ルカの問いに、黒髪の女侠客は静かに笑みを浮かべた。
「こたびの戦いで、己の未熟さを思い知りました。まだまだ修行が足りません。しばらくは北方の山に籠り、己の武を磨こうと思います」
その眼からは強い意志の光が放たれていた。
「そう、頑張ってね。また逢える日を楽しみにしているわ」
「はい、ありがとうございます、お姉さま…」
ルカが手を広げ、フローラがその胸にそっと身を寄せた。
しばしの間、二人は無言のまま抱擁を交わしていた。
『墓場鳥』フローラは、別れを惜しむように何度も振り返りながら、新天地を目指していった。
「……ふむ。では、わらわも行くとしようかの」
ラフィが小さくため息をついた。
「妖かしの里に戻るの?」
「うむ。そもそもあの里を出たのは、弟を追ってのことでじゃからな。奇しき縁もあって、今はこのような生業となってしまったわけじゃが……。まあ、一度は戻ってみようかと思う」
「貴女がいてくれて、本当に助かったわ。ありがとう、ラフィ」
「礼を言うのはわらわの方じゃ。では二人とも、息災でな」
最後にヒースは、彼女と握手を交わした。
この世界で恐れられる彼女の手は、信じられないほど小さかった。
だがその小さな手に、ヒースたちは何度も助けられてきたのだ。
『死神』ラフィは、正門前を行きかう人々の中に、溶け込むように消えていった。
『災厄』ジェイコブの亡骸は、元締のはからいで屋敷の一角に墓を立てて弔われた。
疫病の如き存在と忌み嫌われた老傭兵であったが、少なくともこの街では、後々まで義侠の勇士として侠客たちの間で語り継がれることだろう。
「で、ヒース。貴方はどうするつもりなの?」
「そういうルカ姐さんは?」
ヒースの問いに、ルカは一旦空を見上げ、
「うん、まあゴドーが残るから心配事もないしねえ。またラファンに戻って、占い稼業を再開するわよ。で、貴方は?」
興味津々といった表情で小首を傾げ、尋ねてくる。
「俺はねえ、うーん……」
正直な話をすれば、色々と迷っている。
実は先日、元締から直々に話があり、
「なあ、お前さんさえ良ければだが、うちに来ないかい?」
という誘いがあった。
どうやらヒースの真っ直ぐで熱い性格が、えらく気に入ったらしい。
今度の戦いで、若い衆を何人も失って人手不足、という内部事情もあるのかもしれない。
しかし、いずれ跡を継ぐアントワンとは年齢も近く、ウマが合いそうな気もする。
ヒースにとっては、悪い話ではなかった。
だが一方で、先代から引き継いだ義賊『猟豹』として生きていく道も、捨てがたいものがある。
旅から旅への気ままな人生、それもまた性分に合っているのだ。
そして――もう一つの、道。
「あのさ、ルカ姐さんさえ良ければ、の話なんだけど」
「……え、私? ん、何の話かな?」
ルカが一歩、近づいてきた。
この一週間で、ルカはすっかり元気を取り戻していた。
艶のある褐色の肌が、柔らかな陽光に照らされて輝く。
微風に揺れる、鮮やかな銀の髪。
桜色の唇が、ヒースの目の前にあった。
思わず生唾を飲み込みそうになる。
ヒースは少し上ずった声で、
「ルカ、姐さんとさ、しばらく一緒にいようかな、なんてね……」
彼女が眼を丸くし、パチパチと瞬きをした。
「本気で?」
「もちろん本気だよ!」
ヒースが頬を朱に染めて身を乗り出すと、この美しい戦乙女はカラカラと笑った。
「今回でよく分かったでしょ。私と一緒にいても、ろくなことないわよ?」
「ああ、そうだね。おかげ様で、何度も死にかけましたよ」
ヒースが肩をすくめると、ルカが苦笑を浮かべながら、
「そうねえ、確かにそうだわ。でも、それなのにまだ懲りずについてくるなんて、ホントに貴方は物好きね」
大きくため息をついた。
「ああ、そうだね。確かに物好きだよね、俺。でも、俺が自分で決めたんだから、いいじゃないかよ」
「で、私さえ良ければって話は何だったのよ?」
「え!? いや、あの、それは……さあ……」
その申し出は、何とも調子が良すぎるというか、いざとなると言いにくいことだった。
少なくとも、今の自分ではまだまだ不釣合いだな、とも自覚している。
「ま、いいわ。それならしばらくは、私の所で修行するのね」
「修行? いや俺、魔術師になんてなるつもりはないぜ!?」
慌てるヒースの額を、ルカが軽く指で小突いた。
「おバカさんねえ。貴方が学ぶべきは、私のここにある……」
そう言って、『白銀の戦乙女』は自分のこめかみを指差した。
「……『戦乙女のセオリー』よ。ヒース、これがちゃんと身につけられるまでの間は、ずっと私の側にいなさいよねっ!」
それはまた、随分と先の話になりそうだった。
(終)




