召喚 その1
シオンが再び覚醒するとそこは立派な宮殿の一部屋だった。
実際に宮殿なのかはわからないが、そういう雰囲気の、白い壁と赤い絨毯と赤いタペストリーの掛かった天井の大きな部屋だ。
シオンがいるのは消えつつあるが光を発する円の中心。――召喚陣とか言うやつだろうと当たりをつけた。
その周りをぐるりと騎士甲冑を身につけた人間が囲んでいる。その数10。
そして正面には魔術師っぽい黒のローブを纏った蓬髪の老人。彼が召喚を行ったようだ。
(チッ!)
シオンは心の中で舌打ちを放った。ここはお姫様が定番だろ!
「ウォルテ○ア戦記みてえ……」
ポツリと呟いた。あの作品だといきなり制約を掛けてくるんだよなあ。
「捕らえよ」
と思った途端に老人が騎士たちに命令を下し、あっという間にシオンを組み敷いた。
コツコツと――召喚陣付近には絨毯がない――靴音を鳴らして老人はゆっくりと近づき、右手でシオンの頭を掴むとムニャムニャと呪文を唱える。
「――この者を戒めよ、《絶対服従》」
滑舌が悪いのか最後だけ聞き取れた。どうも神様は自動翻訳なども付けてくれているらしい。ひょっとしたら召喚のほうの効果かも知れないが。
ヒィィィィィンと音叉が鳴ったような甲高い音と共に淡い青い光が禁錮のようにシオンの頭を締め付けるように収束し、消えた。
(これがギアスの掛かった状態か。なんともないな)
例えるなら頭にシールを貼られたくらいの違和感しかない。
「さて……これでお主はワシに絶対服従じゃ」
鷲鼻の結構イカツイ顔の老人は悪そうな微笑を浮かべるとそう告げた。同時に騎士が離れる。
「まずは名を教えてもらおうか」
起き上がり、シオンは老人を眺める。背の低い、いかにも魔術師という感じのジジイだ。
「ヒトの名前を聞くときはまず自分から名乗れ」
言うやいなや頭にピリッと静電気が走った。しかしそれも冬場のドアノブに触れた時のような激しいものではなく、せいぜいが下敷きで髪をくっつけるときにピリッとしてしまったような軽いものだ。
(これがギアスの効果か)
ダメージが小さいのは勇者適正なのか、チートのせいか。おそらく後者だとシオンは解釈した。
前者であるならギアスに掛ける意味が無い。
さらに言えば彼ら――少なくともこの老人は勇者召喚が不法な、言わば誘拐と変わりないことを理解している。
だからこそのギアスだ。召喚したものが好意的である理由もないし、そうだとしてもいつ裏切るとも知れないなら縛るほうが安心だ。
「ほう……」
老人はシオンが痛みに耐えたことに少し感心したようだった。
「生意気を言うくらいには強いようじゃな。良かろう。儂はルドルフ。して……ふむ」
ルドルフはシオンを見上げ呟いた。
「頭が高いの。『跪け』」
おそらくだがこの場にいる全員がシオンがすぐさま跪くと確信していた。だからこそそうでなかったことにうろたえた。
「な……!」
「強制じゃなくて制約のほうか。ま、強制力なんてそれなりの力量差がないとそうそう無理っていうのは定番だしね」
老人の命令を無視した結果は先程と同じ、ピリッとした静電気だ。思わず跪くかと思ったが、言われたことをしなければ痛みが襲う系のギアスのようだ。
ただどっちだったとしても脅威は感じない。
「邪魔だな」
頭を振る。それだけでさっきの淡い青の光がこぼれ落ちた。同時にシールが貼られていたような違和感が消える。
同時に騎士たちが構えた。
「遅い」
次の瞬間にはシオンの右手に10本の剣が握られていた。当然指は触手化している。
手のひらから生やすこともできたがとりあえず自分の体を触手化することを優先した。単純に慣れるためだ。
マッハ20の速度も同じく。
ただ、どうもその辺りは最適化されているらしく、なんの異常も感じなかった。
もちろん起きるはずのソニックブームも起きていない。
これが魔法なのか魔術なのかそれともただの物理現象なのかこの世界のルールがわからないシオンにはさっぱりわからなかった。
「質問に答えろ、ルドルフ。拒否してもいいが」
メギョン! とおかしな音を立てて剣が折れる。10本まとめて、だ。
「こうなる。お前がこの国でどの程度の権力を持ち、どの程度の実力を備えているのか知らんが、今死んで良い程度の者でもあるまい?」
「……聞こう」
渋々といった風を装っているが、内心では急速に思考を進めていた。
何もかもが予想外すぎる。
「この召喚は勇者召喚で間違いないな?」
「そうじゃ」
「勇者ってのは異界の一般人という認識でいいな?」
「………………」
「沈黙は肯定だぞ、ルドルフ。少なくとも最初から強いことを想定してはいまい?」
「……そう、じゃ」
「やれやれだぜ……」
頭を振って呆れを強調をする。
「まあ、お前らがなにを思ってこの召喚を行なったのか、この召喚になにを賭けていたのか知らないが、無礼には厳罰を以って対処するのが適切だとは思わないかね?」
「ま、待て! 待つのじゃ!」
「構わんぞ。待ってやろう。お前がなにを言おうともお前は殺すがな」
悠然と、そして傲然と言い放った。
「よ、良い。むしろ儂を超える者が現れたのじゃ、本望と言うものよ」
「ほう。愛国心かね?」
神様は「魔王全軍」と言っていた。つまり敵対しているかはさておいてそういう存在はいるのだろう。であれば戦争もあるだろうし、この勇者召喚システムもその一環と見るのは当然といえる。
彼の実力で勇者召喚がどれほどのリスクを伴うのか知らないが、そう言うからにはなにか危機的状況が存在し、そしてそれの打開に勇者召喚を実行したと考えるのは、それほどおかしなことではない。
逆にほぼ情報がないこの状況で冷静に問うシオンに対し、ルドルフは最大級の警戒を敷いた。
「そうじゃ。我ら人類は――」
「それは嘘だな」
ルドルフの発言をばっさりと切り落とした。
「嘘を見破るのは得意なんだ。視線だとか呼吸だとか汗のテカリ具合だとかでな」
シオンの左の手のひらから触手が一本伸びる。先端が唇と歯になって口腔を模している。もちろんベロもついた気色の悪い触手だ。
「汗を舐めればもっとわかる――」
ルドルフにまで辿り着いたベロ触手は彼の頬を一舐めした。
「……この味は嘘を吐いている味だぜ、ルドルフ」
ちなみにシオンはそんなことわからない。嘘を見破るのが得意なのは本当だが、嘘を吐いている味を知っているわけがない。「舐めとんか!」を地で行うほど生前のシオンはクレイジーではない。
「おそらくお前が考えているのは『人類』なんてマクロなことじゃあない。もっとミクロなこと――たとえば自分だけの利益だとか、そういうことだ。もちろん結果的に人類のためになったりすることはあるのだろうがな。が、先の『死んでも本望』が特に嘘ではなかったことを考えるとお前はやっぱり愛国者だな」
一息入れてさらに続ける。
「『人類』なんて大仰な枠組みを使ったのは『人類』と敵対している存在と戦闘させるから。お前という個人が国に属している以上、そしてお前自身が『殺す』と言われる程に憎まれてしまった以上、この国に対する俺の好感度はかなり低いと見越しての発言、ってところか? まあ『人類』同士の争いになった時に少しでもこの国に俺の力が向かわないように、できればこの力を振るいたい、ってところ……」
だろ? と目線で問う。
「……全くその通りじゃ」