庭先取引→入厩
馬主の多生木の娘、千帆に気に入られた俺は、なぜか乗馬用として買い取られることになった。
それをよく思わなかった、牧場主の蛭子は多生木を必死に説得していた。
当然である。競走馬として育ててきた馬を乗馬で扱うとは、ブルジョアにもほどがある。
蛭子の説得の甲斐あって、多生木は何とか競走馬として、俺を扱ってくれるよう承諾してくれた。多生木の俺の評価は、あくまでも安価な値段で手に入れた競走馬ということだけらしい。
今はそれでもいい。競走馬として無事にレースを走れればいいのだ。
気づけば北海道の厳しい冬を越え、再び春を迎えていた。ついに二歳の誕生日を迎えることができた。
馬房には、毎年恒例の囁かなメッセージと山積みの人参。今年は新たに可愛らしい馬のメッセージカードと、リボンで括られた人参が一緒に置かれていた。千帆が用意したものだ。
千帆は時々、多生木と牧場に遊びに来ていた。人参や飼い葉――馬にあげる餌をくれたり、一緒に敷地内を走り回ったりした。
俺はいつしか、蛭子だけでなく千帆にも心を開くようになっていた。
二歳になり、俺は立派な競走馬の体つきに変化していた。一回り大きくなった馬体は雄に四百キロを越え、いつしか人間のときよりも目線が高くなっている。
だが、五百キロに遠く及ばない俺の馬体は、競走馬の牡馬としては小柄な部類であると言えるだろう。
恐らく父親に似たのだ。言うまでもなく、馬の父親のことである。
現役時代のクレイジーイーグルは450キロほどの馬体でありながら、パワーのある走りを見せていた。恐らく、俺にもその血が受け継がれているはずである。馬格の大きさと速さは決して比例しないのだ。小さくても走る馬は走る。
馬体が大きくなったのに相待って、走りも一年前に比べ、格段に成長していた。トモには、十分な筋肉がついている。ストライドは大きくなり、何処かぎこちなかった走りにも、柔軟さが加わっている。
気性が荒いのは相変わらずで、調教をつけている厩務員を振り落とすことがたまにあった。それでも、幾分マシになった方だと思う。
転生したばかりの頃は、何をしても上手くいかず、周りに当たり散らすことが多々あった。蛭子や千帆とふれあうことで、少し丸くなったのだろう。
そんな俺にもついに、厩舎に入厩するときがやってきた。厩舎とは競走馬を管理する施設である。調教師の指示のもとで調教を行い、レースに出走するのだ。
「では、土門さん。後は頼みましたよ」
蛭子は、土門に帽子を取ってお辞儀をする。
「任せといてください!」胸を張り、自信を露わにする土門。
この男は、土門厩舎の土門稔調教師。三十六歳、独身。
有名な調教師なら名前を覚えていただろうが、俺はこの調教師を知らなかった。初めて聞く名前だった。
調教師は、サッカーや野球の監督のように、活躍が認められれば周囲から注目を集めるようになる。
調教師の場合は、預かっている馬がGⅠを取ったり、年間で多くの勝利をあげることが評価の上がる条件といえる。周囲から認められることによって、多くの馬を預けてもらえるようになるのだ。
土門は年齢の割には若く見える。シャープな輪郭と、皺の少ない顔をしているからだろうか。服装や、身なりにも気を遣っているようである。
決して若づくりのようではなく、ジーンズに、細身の綺麗目なジャケット、レザースニーカーを無理なく着こなしている。
あご髭を整え、清潔感のあるその姿は周りからのウケも良さそうだ。
ただ、年齢が若いということは、調教師歴も浅いのだろう。一般的に、調教師で若くして成功する人は数少ない。経験がものをいう世界だからだ。
正直なところ、期待できないとさえ思ってしまった。勝手な偏見によって、俺の土門の第一印象は、見た目以外はあまり良いものではなくなった。
いわゆる第一印象最悪からのスタートというやつである。
「じゃあ、蛭さん。美浦で会いましょう」土門は、手を振って挨拶をした。
美浦ということは、俺は美浦トレーニングセンターに行くのか。関東なら、まだ知っている場所も多い。これは助かる。
トレーニングセンター、通称トレセンは関西と関東の二つに拠点を構えている。関西は栗東トレセン、関東は美浦トレセンだ。中央に登録された競走馬は、どちらかのトレセンを拠点として、レースに出走することになる。
「はいよ。それじゃあ、ウルフをお願いします」
蛭子は、馬運車に乗る俺に近付き、鼻頭を軽く撫でる。
「じゃあな。元気でな」
蛭子の挨拶はあっさりしたものだった。今生の別れではない。また、競馬場で見かけることができる。そういうことなのだろう。
俺は、馬運車に乗り、北海道の地を後にする。
何時間乗っていただろうか。気が遠くなるほど、長い時間を馬運車で過ごした俺は疲れ切っていた。
以前乗った馬運車に比べ揺れは少なかったが、暇を潰せるものが無い。
言葉が通じるなら、雑誌かテレビの一つでも用意させたいところだ。そんな贅沢はまかり通るわけもなく……。
仕方なく、寝たり起きたりを繰り返すことに……。
美浦トレセンに着いたときには日付けが変わり、辺りは真っ暗になっていた。
「よーし。着いたぞ! ウルフ!」土門が調教師自ら、俺を引いて行く。
トレセンは競馬ファンだった俺でも、初めて来る場所だった。右も左もわからず、辺りをキョロキョロと見渡す。
すると、通りの向こうから馬運車に近付く人物が。
「テキ! これがうちの新しい預託馬ですか?」
察するに、土門厩舎の厩務員だろう。
「おお! そうだ。所で兼光、前から思ってたんだが、テキはやめてくれよ。お前の方が年上なんだ。土門でいいよ」
「いや、そういうわけには……。なら、土門調教師にしておきます」
「いや、それも何かむず痒いな……。まぁいいか……」
厩務員は兼光と言うらしい。土門よりも年上のようだ。紺色のキャップとツナギ姿が似合っていて、いかにも厩務員という風貌だ。
顔には、細かい皺が刻まれており、老けて見える。だが、それは長年競走馬を管理してきた年季に比例するのだろう。
何故か俺は、不思議と安心していた。蛭子に雰囲気が似ているからだ。土門に抱いた印象とは正反対だった。
「ウルフってんだ。中央での登録名は、ホワイトウルフ」
土門は、俺の首筋をポンッと軽く叩いて、兼光に簡単に紹介した。そうなのだ。俺は名前も決まり、晴れて中央の競走馬として登録されたのだ。
名前を決めたのは、千帆だ。牧場の馬房の前で、メモ帳に幾つかの候補名を書き連ねているのを見かけたが、その中でもマシな部類の名前だ。
他にはたしか、シロチャン、シロシロシロップ、クレイジーホワイト、クレイジーウルフなる名前があった。因みに俺は、クレイジーウルフが良いと思ったのだが、既に過去に登録された馬名であったため、却下された。
「ほえー。『白狼』ですか。見た目にそぐわぬ良い名前じゃないですか。芦毛で、目が鋭いところなんか、狼って感じですね」
兼光は感心したように俺を見ている。
確かに、直訳すれば白狼か。千帆はそこまで考えていたのだろうか。
いや、そんな訳がない。千帆は、シロシロシロップに花まるをつけていた。父の多生木の説得もあり、ホワイトウルフに決まったのだ。
今回だけは、感謝しよう。グッジョブ! 多生木!
「じゃあ行こうか、ウルフ。これからお前の家になる所を紹介するからな」
兼光は、慣れた手付きで俺の手綱を引いていく。
「じゃあ、今日は調教はないからな。後は任せたぞ!」
土門はそう言うと、大きな伸びをして去って行った。
「ウルフ。ここが、お前さんの家になる馬房だぞ」
馬房には、既に寝わらが敷かれていた。ボロ――馬糞もなく、綺麗に掃除が行き届いている。兼光は仕事の早い人間で、気遣いのできる人間なのだと思った。
「そういえば、まだ自己紹介がまだだったな。私は、兼光定男。これから、お前さんの面倒を見ることになる。よろしくな」
兼光は丁寧に帽子を取って、お辞儀をした。馬の俺に言葉は通じないだろうに、律儀な男である。
だが、そこに好感が持てた。馬とコミュニケーションをとろうとする気概が見てとれる。
「まだ、お前さんの名前のプレートは今作っているところだから、少し待ってくれよ」
兼光の喋り方は物腰が優しく、棘がない。根っからの聖人のようであると言っても、言い過ぎではないのかもしれない。
「さてさて、今日は遅いからもう行くぞ。じゃあ、また明日な。おやすみ」
馬房の通路の電気を消灯した、兼光は管理馬に一頭一頭挨拶をしながら、去って行った。
本当に律儀で、馬にも敬う姿勢を持っている。兼光にとって、この仕事は天職なのだろうと思った。
こうして、俺は無事に厩舎に入厩し、競走馬『ホワイトウルフ』として第一歩を踏み出すことが出来た。
良い出会いもあり、これからの俺の競走馬ライフは順風満帆に……とは行かないのであった。世の中早々甘くない……。
【後書き解説】
美浦トレセンと栗東トレセン――美浦トレセンは茨城県にある関東の拠点、栗東トレセンは滋賀県にある関西の拠点です。なので、美浦に所属する馬を関東馬、栗東に所属する馬を関西馬と呼ぶことがあります。騎手や調教師も、馬と同様に美浦と栗東で拠点が違います。
また、この拠点に関しては『西高東低』というのが常に話題に出てくるのですが、これに関しては、長くなるので、小説の中でも触れていければ触れたいと思います。